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岡崎 武志・評『母の母、その彼方に』『吹けよ風 呼べよ嵐』ほか

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女性を通して語られる家族の歴史

◆『母の母、その彼方に』四方田犬彦・著(新潮社/税抜き1900円)

 四方田犬彦の祖父・保は、島根出身で、隻眼の身ながら奮闘の末、大阪で人権弁護士として脚光を浴び財を成した。その妻・美恵は、著者もよく知る美食家の祖母。しかし、それ以前にもう一人、祖母がいたことを知る。

 『母の母、その彼方に』は、思わぬかたちで、自己のルーツを明治まで遡(さかのぼ)り調べることになった、その決算書。美恵は後妻で、若くして病死したもう一人の祖母は柳子。彼女は、幼児教育に尽力し、服飾デザイナーの草分けともなる新しい女性だった。

 柳子亡き後、大勢の使用人を抱える箕面(みのお)の広大な屋敷を守ることに身をささげた美恵。その娘で、阪神間のお嬢様として宝塚に憧れ、手製のビキニを身に着けたお転婆(てんば)・昌子が著者の母。女三代による歴史は華やかで複雑である。

 著者は「男の眼の届かない場所」に、巧妙にしまいこまれた女たちの秘密をかぎ出す。ブルジョアジーの生活や、使用人たちの生態を描き出している点も興味深く、資料として貴重だ。

◆『吹けよ風 呼べよ嵐』伊東潤・著(祥伝社/税抜き1700円)

 『吹けよ風 呼べよ嵐』と聞いて、ピンク・フロイドを思い出した(同名曲あり)が、これは伊東潤による歴史小説。謙信と信玄が相打つ、北信濃の地を舞台にした川中島の戦い。その前夜、北信の村上義清に忠義を尽くす須田家嫡男・満親(みつちか)と、従兄の信正。この二人の若武者が、戦国に生きる姿を描く。裏切ったとしても生き延びるべきか、たとえ死すとも義を貫くべきか。その岐路に立つ満親。現地の徹底取材を基にした合戦絵巻が見もの。

◆『60歳で家を建てる』湯山重行・著(毎日新聞出版/税抜き1500円)

 『60歳で家を建てる』ことが本当にできるのか? 建築家の湯山重行は、シンプル、ムダなし、ローンなしを掲げ、斬新な新築プランを提案する。その一例が「60ハウス」。年を取っても生活が楽な平屋で、庭もあるコンパクトな設計。それは「夫婦ふたりがプライベートを保って快適に暮らせる」ライフスタイルを生かした家だ。しかも本体価格が1000万円台前半だという。「家づくりに役立つコラム」もあり、定年後の暮らし方のヒントとなる。

◆『青と白と』穂高明・著(中央公論新社/税抜き1500円)

 都内に住む作家の「私」は、小説の収入だけでは食えず、アルバイト生活を送っている。そして2011年3月11日。肉親の住む故郷を大地震と津波が襲う映像がテレビに流れる。それでも日常が淡々と進む東京で、主人公は家族の無事を祈り、携帯電話を握りしめる。『青と白と』は宮城県出身の穂高明が、5年前の記憶を書き上げた長編小説だ。書くべきか書かざるべきか。迷い、苦しむ長い葛藤の末、想像力だけでは書き得なかった渾身(こんしん)の力作だ。

◆『戦争と広告』森正人・著(角川選書/税抜き1700円)

 「第二次大戦、日本の戦争広告を読み解く」と副題を持つ森正人『戦争と広告』。戦時下に発行された『アサヒグラフ』や『写真週報』などグラフ雑誌の多くは、写真やテキストで戦争を伝えた。しかし、それは巧みに操作されたものだった。著者は図像を駆使して、そこに隠された意図を明らかにしていく。「私たちが見ているものは自明のものではなく、特定の目的に応じて見せられているものである」と言う通り、これは過去の話ではない。

◆『アンビエント・ドライヴァー』細野晴臣・著(ちくま文庫/税抜き780円)

 後代のミュージシャンに多大な影響を及ぼし続ける細野晴臣。『アンビエント・ドライヴァー』では、スピリチュアルな世界を含めて、深く思索する姿が映し出される。英語の「アンビエント」とは「周囲の」「環境の」という意味だが、「得体の知れない『何かを動かすもの』のこと」と説明する。瞑想(めいそう)やUFOほか不思議な体験を感受し、ネイティブ・アメリカンのシンプルな言葉に耳を傾ける。それが音楽の世界と不可分にあることが深く理解される。

◆『犬と、走る』本多有香・著(集英社文庫/税抜き600円)

 本多有香は、犬ぞり師になるため、約20年前に単身でカナダに渡った女性。ハードな修業を経て、2012年2月、「世界一タフな犬ぞりレース」と呼ばれる「ユーコンクエスト」を完走する。カナダ・アラスカ間1600キロを横断する過酷なレース。もちろん、完走は日本人女性初の快挙だ。『犬と、走る』は、大学時代に旅行したカナダでの、犬ぞりとの運命的な出合いに始まり、レース挑戦までの日々が感動的につづられる。まさに「オンリーワン」。

◆『カラヴァッジョ伝記集』石鍋真澄・編訳(平凡社ライブラリー/税抜き1300円)

 上野・国立西洋美術館にて開催中の「カラヴァッジョ展」(6月12日まで)が話題になっている。バロック美術を開花させた光と影のリアリズムの画家。その手法は、ルーベンスやラ・トゥール、レンブラントらに受け継がれた。この偉大なイタリアの画家の全貌を伝えるのが、石鍋真澄編訳『カラヴァッジョ伝記集』だ。複数の伝記、裁判記録、パトロンの書簡、オリジナル翻案の「犯科帳」など、歴史的資料を一冊に収める。年譜と参考文献を付す。

◆『首都直下地震』平田直・著(岩波新書/税抜き760円)

 覚悟はしながら、「今かもしれない」と帯で警告されるとドキリとする。平田直『首都直下地震』は、この分野の専門家が、地震学の最新データと知見をもって、その日をシミュレーションし、警告する。一極集中が加速する一千万都市・東京に、M7級の大地震が襲いかかる。その際、市民の生命・身体・財産をはじめ、政治・経済・ビジネスにいかなる損害をもたらすのか。巨大都市ならではの弱点と、カバーするための対策、災害からの回復までも考える。

◆『チンパンジーは365日ベッドを作る』座馬耕一郎・著(ポプラ新書/税抜き800円)

 座馬耕一郎『チンパンジーは365日ベッドを作る』は、タイトルからして興味を引く。野生チンパンジーの研究調査のため、アフリカの奥地に足を踏み入れた著者は、そこでチンパンジーの樹上のベッドに注目。手作りによる心地よい寝床はいかにしてセッティングされるか。サンプルを採集し、著者はそこで寝てもみた。そこからわかった我らの先祖の生態は? 眠りを通して、人類進化の歴史をたどり、考察する。じつにユニークな人類進化論。

◆『隠れ貧困』荻原博子・著(朝日新書/税抜き760円)

 パッと見は人並みの生活でもなぜか貯金ができない。それが『隠れ貧困』。一気に“下流老人”にならないためにクリアすべきハードルは「住宅ローン」「教育費」「老後資金」の3大出費という荻原博子が、ぜいたくをしていないのに年々貧しくなる“お金の生活習慣病”への具体的な対策を提示する。「財布に一万円札を入れない」「繰り上げ返済は早いほうがおトク」「仕事を続けながら介護も出来る体制作り」などは、さっそく取り組もう。

※3カ月以内に発行された新刊本を扱っています

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おざき・たけし

 1957年生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。『上京する文學』をはじめ『読書の腕前』など著書多数

<サンデー毎日 2016年4月10日増大号より>

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