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 3月27日は、私の中で記憶すべき日となっている。明治政府によって1879年に琉球処分がおこなわれた日だからだ。

 この日、内務大丞(だいじょう)の松田道之が約300人の兵士と160人あまりの警官を率いて首里城に入り、琉球藩を廃して沖縄県を設置することを、一方的に布告したのである。しかし突然そうなったわけではない。なぜなら琉球は藩ではなく独立した王国であるから、藩を県にするという単純な話ではなく、それ以前に、王国を「藩」にする経緯があったのだ。

 最初は江戸時代の1609年である。薩摩藩の島津氏が約3000の軍隊を出して首里城に入り、尚寧王を連れ去って江戸にともない、将軍に会わせた。そこから薩摩藩は自らの領地のように見せていたが、実際は琉球王国は存続し、中国の冊封(さくほう)国だった。「琉球王」は、中国皇帝が勅書によって任命した称号なのである。

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