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SUNDAY LIBRARY

岡崎 武志・評・評『チェリー・イングラム』『バベル九朔(きゆうさく)』ほか

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はかない命を守り、育てる

◆『チェリー・イングラム』阿部菜穂子・著(岩波書店/税抜き2300円)

 今年も桜の開花の話題が新聞を飾る。これほど桜を愛しながら、品種はほとんど染井吉野。しかし、かつて日本には、もっと多種多様な品種があった。

 阿部菜穂子『チェリー・イングラム』は、日本で消えようとした桜をイギリスで守った園芸家の生涯を追うノンフィクション。明治、大正期に来日したイングラムは、桜に恋をし、近代化と商業主義の波に絶滅する品種を、かの地で育てた人物だった。

 彼は富士吉田で新種を発見、浅野内匠頭(たくみのかみ)にちなみ「アサノ」と名付ける。見つけた時、まず彼が思ったのは「この桜をどうしたらイギリスへもっていくことができるだろうか」だった。日本では失われた心を、我々はイギリス人に教えられる。

 著者は、イギリス在住の地の利を生かし、関係者に取材。知られざる日英の懸け橋を著した。日本の桜守たちが、戦時中に桜を疎開させた話は感動的。今年の桜はいつもと違って見えるはずである。

◆『バベル九朔(きゆうさく)』万城目(まきめ)学・著(角川書店/税抜き1600円)

 次々話題作を放つ万城目(まきめ)学の新作長編が『バベル九朔(きゆうさく)』だ。主人公が作家志望の若者で、ビルの管理人を務めるという設定は、著者の経歴を映す。しかし、その「俺」の前に、全身黒ずくめの「カラス女」が現れ、「バベルは壊れかけている」と告げるあたりから、一挙に万城目ワールドが展開していく。「俺」は奇妙な事件に次々と巻き込まれ、やがて世界の一大事に……。「最強の『奇書』誕生!」(帯文)。

◆『「理」と「情」の狭間』磯山友幸・著(日経BP社/税抜き1500円)

 あの騒動は何だったのか? 経営権を巡って父と娘が対立した「大塚家具」は、同族経営の難しさを露呈させた。磯山友幸は、この問題を『「理」と「情」の狭間』にあると捉える。裸一貫で「家業」を株式公開企業に育て上げた父が訴える「情」と、新しいスタイルを目指す娘の「理」の激突。著者はそこに「コーポレートガバナンス(企業統治)」の変化を見いだし、大塚久美子社長の主張と本音を聞き出す。

◆『からだとはなす、ことばとおどる』石田千・著(白水社/税抜き2000円)

 静かなタッチと、きめ細かな描写で高齢男性にもファンが多い石田千。『からだとはなす、ことばとおどる』は、「ふれる」「ふりむく」「まつ」「ねる」など身体感覚を伴う動詞をテーマに、町を歩き、触れ合った人や風景を、ていねいに描いていく。「きる」にある「はだかで泣くと、とても軽い。赤ん坊というのは、もっとも勇敢な生きものだな」は、山の温泉につかりながらの感想。随所に挟まるモノクロ写真もいい。

◆『水の継承者 ノリア』エンミ・イタランタ/著(西村書店/税抜き1500円)

 フィンランドの作家、エンミ・イタランタによる『水の継承者 ノリア』(末延弘子訳)は要約が難しいディストピア小説。軍に占領された北欧の村に住む少女・ノリアは、茶人の父から「茶」の心と、秘密の泉の在(あ)り処(か)を受け継ぎ、守ってきた。父の死後、軍の検閲を逃れ、水を運ぶノリア。しかし、やがて……。水と人間の深い関係を、静かな緊迫感を保ちつつ、著者は祈るように言葉をつづる。本作は映画化が決定している。

◆『老人の壁』養老孟司、南伸坊・著(毎日新聞出版/税抜き1200円)

 二人の老人が書いた、老人のための本。名づけて『老人の壁』。不機嫌な年寄りのことは「生(なま)年寄り」(養老孟司)と呼ぼう、検索ワードがわからなくて「あの、ほら」と言ってしまうときに助けてくれる「アノホラ・ロボット」(南伸坊)があればいいなど、ユーモアがたっぷり。周りの世話になりたくない、申し訳ないと思うよりも、老人は機嫌よくにこにこしていればいい。そうか、それなら楽しいはずだ。

◆『野武士、西へ』久住昌之・著(集英社文庫/税抜き700円)

 久住昌之は『孤独のグルメ』の原作者。2009年に東京・神保町から東海道を西へ西へ、大阪へ向かう旅を始めた。2年かけて歩き継ぎ、湘南では江の島を遠景に、ウクレレを弾きながら海岸を散歩。箱根越えでは、背中で「山鳴り」を聞いた。『野武士、西へ』で、「観光名所は電車や車で行けばいい。今はただ歩いていて思わぬ光景に出くわすほうが、ずっとずっと楽しい」と著者は書く。「楽しい」は善だと知る。

◆『失われた世界』アーサー・コナン・ドイル/著(光文社古典新訳文庫/税抜き920円)

 伏見威蕃(いわん)の新訳による『失われた世界』は、アーサー・コナン・ドイルが1912年に子ども向けに出版した古典的名著。ドイルとはもちろん、あの「ホームズ」の作者である。変人のチャレンジャー教授が、南米に絶滅動物たちの生息する台地が存在すると主張しアマゾンを目指す。探検隊には、それを懐疑するサマリー教授、新聞記者、ロクストン卿が加わり、さあ、胸躍る冒険の始まりだ。原著の挿絵を付し理解を助ける。

◆『君がいる場所、そこがソニーだ』立石泰則・著(文春新書/税抜き750円)

 立石泰則『君がいる場所、そこがソニーだ』は、凋落(ちようらく)するソニーを退社した5人への取材により、「誰もやらないことをやる」という井深大(いぶかまさる)と盛田昭夫の創業精神を示す。スイカやパスモを開発した日下部進、現実(リアル)に限りなく近い高画質映像を生み出した近藤哲二郎をはじめ、第一線をリードする技術者は、もとソニーで「異端者」だった。つねに挑戦する彼らのいる場所こそが、たしかに「ソニー」なのだ。

◆『最新 新幹線事情』梅原淳・著(平凡社新書/税抜き820円)

 いよいよ、北海道新幹線が開業。東海道新幹線の開業から約半世紀、どのような経緯で建設され、そして今は? 鉄道ジャーナリストの梅原淳が、『最新 新幹線事情』で徹底解説する。輸送力増強という悲願に、たった一人で高速鉄道を企画し押し通した十河(そごう)国鉄総裁の功績、北海道新幹線がこれから挑む難題、そしてリニア新幹線の命運は? そのほか、3人席と2人席の謎、車内改札に隠された事情など話題は盛りだくさん。

◆『写真のなかの「わたし」』鳥原学・著(ちくまプリマー新書/税抜き920円)

 ケータイ、スマホを使って、誰もが気軽に写真を撮り、SNSなどでやりとりする時代。鳥原学『写真のなかの「わたし」』は、坂本龍馬の有名な肖像写真からプリクラや自撮りまで、人間が「顔」に込めた思い、そこから得る情報などを分析する。ポートレート写真には被写体の「ありのまま」ではなく、「こうありたい」という理想への願望が重ねられる。著者の主張で、人間の顔について、改めて考えさせられた。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』など

<サンデー毎日 2016年4月17日増大号より>

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