連載

アンコール

あの感動の調べをもう一度。注目公演の模様を鑑賞の達人がライブ感たっぷりに再現します。

連載一覧

アンコール

エリアフ・インバル指揮 東京都交響楽団3月定期演奏会

  • ブックマーク
  • メール
  • 印刷
バーンスタインの交響曲第3番「カディッシュ」を取り上げた定期Bシリーズ(C)堀田力丸
バーンスタインの交響曲第3番「カディッシュ」を取り上げた定期Bシリーズ(C)堀田力丸

 東京都交響楽団の桂冠指揮者、エリアフ・インバル指揮による同響3月定期演奏会を振り返る。20世紀の巨匠、レナード・バーンスタインの意欲作、交響曲第3番「カディッシュ」を取り上げた定期Bシリーズ(3月24日、サントリーホール)について音楽ジャーナリストの毬沙琳さんがリポートする。

亡き人の想いをのせた「カディッシュ」

 「カディッシュ」とはユダヤ教における死者のために歌われる祈りであり、20世紀の偉大な音楽家レナード・バーンスタインは3作目となる交響曲「カディッシュ」を、自身が書いたテキストの語り(英語)と、カディッシュ(アラム語&ヘブライ語)を合唱とソプラノ独唱にして管弦楽とあわせた壮大な試みとして完成させた。神への告白と失望、そこから再び信仰が復活するという語りにはバーンスタインの人間性が強く感じられる。

 今回、東京都交響楽団の公演は、語りのテキストがユダヤ系ポーランド人でホロコーストの数少ない生存者であり、バーンスタインと親交のあったサミュエル・ピサール(法律家、外交官、作家)によるものが使用された。当初は指揮者インバルの親しい友人でもあるピサール自身の語りが予定されていたが、昨年7月氏が逝去したことを受け、彼の妻ジュディス・ピサールと娘のリア・ピサールの2人が代わってステージに立った。

 ジュディスは夫サミュエルをバーンスタインに紹介したというジュリアード音楽院出身の音楽ディレクターということもあり、素晴らしい語りで作品に命を吹き込んだ。リアは米仏を拠点に執筆、教育、コメンテーターと多才な女性で、父ピサールと長年にわたって「カディッシュ」のテキストに取り組んで完成させたという。親子3人による共同作業だったことは、この夜のステージが明白に語っていた。

 冒頭この作品がピサールの個人的な「カディッシュ」であり、生命と平和へささげるものであること、また作曲したバーンスタインがジョン・F・ケネディ元大統領の思い出、人生の師、先祖代々の魂にささげた記念碑的な交響曲であることが語られる。

 作品が完成直前だった1963年11月22日にケネディ大統領が暗殺されたため、完成後バーンスタインがこの曲を「ジョン・F・ケネディの思い出」に献呈したという事実をあえて語ることで、作曲家の個人的な思いが強く伝わってきた。

 余談だが、生前のバーンスタインは自身の台本に満足しておらず、90年頃語り部分の台本をピサールに依頼したが辞退されている。そのピサールが、2011年の9.11同時多発テロの衝撃から考えを変えて、この曲のために書いたという語りは、たとえ英語であっても、「自分ごと」として耳に入り心に刺さる。

バーンスタインの交響曲第3番「カディッシュ」を取り上げた定期Bシリーズ(C)堀田力丸 拡大
バーンスタインの交響曲第3番「カディッシュ」を取り上げた定期Bシリーズ(C)堀田力丸

 宗教や社会における争いが絶えぬ現代、一家が受けた宗教的差別に流した涙、アウシュビッツでの悲惨な体験など「神への呼びかけ」が続く。ハミングにのせた静かな語りが次第に強さを増し、バーンスタインの劇的な音楽も声にかき消されるほどの迫力だった。

 第2楽章では打楽器合奏に続いてアウシュビッツで沸き起こった神への怒り、決して癒えない心の傷などが語られ「信仰への揺らぎ」が赤裸々につづられる。ジャズ風なリズムや高揚する音楽は、ウエストサイド・ストーリーにも通じるもので,調性から解放されたシリアスな現代音楽でも心に染み入るのは作曲家の個性に他ならない。

 そこからソプラノ(パヴラ・ヴィコパロヴァー)が歌うカディッシュ部分は崇高なまでに美しいメロディーで、怒りの後に神への賛美が訪れたことを予感させる。

 第3楽章は再び無調で始まるが、語り手がホロコーストの悲劇から救われ再び信仰を取り戻したことを語ると、希望の象徴とも言えるメロディーがオーケストラによって奏でられ、待ちわびた光に満ちた朝を迎えたような幸福感がステージを包む。児童合唱が無邪気な天使のようにカディッシュを歌うが、再び不協和音の世界へ迷いこむと、ピサールがアメリカ兵に助けられた瞬間「神の奇跡」を感じたこと、家族を持ち幸せな生活を送るようになっても、失った人々への思いがよみがえってこない日はないといった強い独白から、争いが絶えない世界にあっても、人類愛と平和への希望を神に託す強い言葉で締めくくられる。そしてソプラノから合唱まで全ての声による華々しい熱狂の音楽にのった「カディッシュ」で幕を降ろす。

 まさにベートーヴェンの第九のような現代の「歓びの歌」だった。無調と調性の間を行き交いながら、最後にこの上なく美しく強く、希望に満ちたメロディーを与えたバーンスタインの意志は指揮者のインバルに引き継がれている。インバルは80年代にバーンスタインのリハーサルに立ち会いこの作品に魅せられたという。師がこの世でかなわなかったピサールのテキストによる「カディッシュ」を、まさに今、日本で実現させた都響とインバルの公演が与えた意味は大きい。(公演2日前にはベルギーで再びテロが起こり日本人の負傷者も出ていた)

 このテキストは日本公演のために改訂された特別版ということだが、演劇的な交響曲なだけに、これからも時代に即して変容していくのだろう。ここにしかない作品に立ち会える歓びとその意味を、この時代だからこそ1人でも多くの人に伝えていきたい。

(毬沙 琳)

定期Aシリーズでは白建宇をソリストに迎えモーツァルトのピアノ協奏曲第27番を演奏
定期Aシリーズでは白建宇をソリストに迎えモーツァルトのピアノ協奏曲第27番を演奏

ショスタコーヴィチ後期の交響曲で完成度の高い演奏を披露したAシリーズ

 一方、29日に東京文化会館で開催された定期Aシリーズは、韓国出身の実力派ピアニスト、白建宇(クンウー・パイク)をソリストに迎えて、モーツァルトのピアノ協奏曲第27番、後半はショスターヴィチの問題作ともいわれる交響曲第15番が取り上げられた。

 モーツァルトは当代流行のピリオド奏法(作曲家在世当時のスタイルを再現するスタイル)とは距離を置いたヴィブラートをたっぷりと利かせたふくよかなサウンドを前面に打ち出した演奏。パイクのピアノも端正なたたずまいで粛々と弾き進めていく。全体としては、20世紀以来の伝統的なスタイルを踏襲した穏健なモーツァルト像を描き出していた。

 後半のショスタコーヴィチは、自作はもとよりロッシーニの「ウィリアム・テル」序曲やワーグナーの「神々の黄昏」などの他の作曲家のパッセージが随所に散りばめられた難解な作品といわれる交響曲である。オーケストラのコントロールにたけたインバルは、複雑に絡み合う多くのパッセージのひとつひとつを見事なまでに有機的に浮かび上がらせ、そこから作曲家が何を訴えたかったのかを聴く者に問い掛ける演奏に仕上げていた。ショスタコーヴィチ自身の作品も含めて過去の作曲家に対する皮肉なのか、それともリスペクトなのか、その答えを押しつけずに、聴衆のひとりひとりが音から感じ取ってほしいとのインバルの強い意図が感じられた。

 インバルの細密な要求を完璧に近い水準で実際の音楽に仕上げていた都響の合奏能力の高さにも改めて拍手を贈りたい。

(宮嶋 極)

ショスターヴィチの交響曲第15番を指揮するインバル
ショスターヴィチの交響曲第15番を指揮するインバル

公演データ

【東京都交響楽団 3月定期演奏会Bシリーズ】 

3月24日(木)19:00 サントリーホール

指揮:エリアフ・インバル

語り:ジュディス・ピサール、リア・ピサール

ソプラノ:パヴラ・ヴィコパロヴァー

管弦楽:東京都交響楽団

合唱:二期会合唱団

合唱指揮:冨平恭平

児童合唱:東京少年少女合唱隊

合唱指揮:長谷川久恵

 

ブリテン:シンフォニア・ダ・レクイエム Op.20

バーンスタイン:交響曲第3番「カディッシュ」(1963)※語りの英語はサミュエル・ピサール版を使用

 

【東京都交響楽団 3月定期演奏会Aシリーズ】

3月29日(火)19:00 東京文化会館

指揮:エリアフ・インバル

ピアノ:白 建宇(クンウー・パイク)

管弦楽:東京都交響楽団

 

モーツァルト:ピアノ協奏曲第27番変ロ長調 K.595

ショスタコーヴィチ:交響曲第15番イ長調 op.141

筆者プロフィル

 宮嶋 極(みやじま きわみ) スポーツニッポン新聞社勤務の傍ら音楽ジャーナリストとして活動。スポニチ紙面、Webにおける取材・執筆に加えて音楽専門誌での連載や公演プログラムへの寄稿、音楽専門チャンネルでの解説等も行っている。

 毬沙琳(まるしゃ・りん) 大手メディア企業勤務の傍ら、音楽ジャーナリストとしてクラシック音楽やオペラ公演などの取材活動を行う。近年はドイツ・バイロイト音楽祭を頻繁に訪れるなどし、ワーグナーを中心とした海外オペラ上演の最先端を取材。在京のオーケストラ事情にも精通している。

あわせて読みたい

この記事の特集・連載
すべて見る