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岡崎 武志・評『毎日が一日だ』『「週刊コウロン」波乱・短命顛末記』ほか

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過ぎてゆく時間を書きとめる

◆『毎日が一日だ』いしいしんじ・著(毎日新聞出版/税抜き1800円)

 「一日が終わり、そしてあたらしい一日がはじまる。毎日はこうして、はじめと終わりをふくめ、一日ずつつづいていく」と、いしいしんじは書く。本当にそう思えたら、どんなにいいだろう。

 『毎日が一日だ』は、毎日新聞日曜版連載の2年分を収録。これがじつにいい。著者は京都在住、妻の園子さんと小さな息子「ひとひ」くんが家族だ。人気作家らしく多忙だが、家族との時間を大事にしていると分かる。

 なにより幼い「ひとひ」くんが可愛い。自動車の渋滞を「ゆー、たい」と言い、餃子(ギヨーザ)のあまりの美味(おい)しさに、以後美味しいものはすべて「こえ、ぎょーじゃ、ねえ!」と叫ぶ。それを忘れず書きとめ、「ことばを呼吸し、『生きている』」と感じる。そのとき著者も一緒に、一日を生きているのだ。

 親交のあった仏文学者・村上光彦の死を「透明な存在になって空気に溶けた」と表現する言葉の感性に、読者は導かれ、硬い心がほどけていく。

◆『「週刊コウロン」波乱・短命顛末記』水口義朗・著(中央公論新社/税抜き1500円)

 昭和30年代、週刊誌活況の時代があった。老舗出版社だった中央公論社も、これに続けと『週刊公論』をスタートさせた。大学新卒でこの編集部に送り込まれたのが水口義朗。社長が編集長として陣頭指揮を執り、スキャンダルは扱わず、他誌より10円安いことで勝負に出た。しかし、2年という短命で同誌は姿を消す。『「週刊コウロン」波乱・短命顛末記』は、作家たちとの蜜月、安保取材など体当たりの日々を回想する。

◆『狩猟家族』篠原悠希・著(光文社/税抜き1500円)

 篠原悠希はニュージーランド在住の経験を生かし、『狩猟家族』で大地と自然をたっぷり描く。大学を卒業し、ニュージーランド南島を一人トレッキングする遼平。道に迷ったところを、白人の父とアジア系の娘に保護される。彼らは農場を荒らす野生動物を狩猟して暮らしていた。遼平も銃を持ち、引き金を引く。「銃声が響いた瞬間、遼平は『自然』から吐き出され、ひとりの人間に戻る」のだ。瑞々(みずみず)しい青春小説。

◆『ベイリィさんのみゆき画廊』牛尾京美・著(みすず書房/税抜き3400円)

  今年3月、半世紀の歴史を閉じたのが銀座「みゆき画廊」。オーナーはベイリィ。といっても日本人。そこで働き、彼女から学び、のち画廊を受け継いだ牛尾京美が、『ベイリィさんのみゆき画廊』で愛情たっぷりに亡き主(あるじ)の人生と、画廊の春秋を語る。お嬢様育ちで、アメリカ人と結婚していたためベイリィと名乗る加賀谷澄江。「その美しい立ち居振る舞いが、みゆき画廊の雰囲気」を作った。そんな典雅な女性の物語。

◆『銅版画家 南桂子』コロナ・ブックス編集部・編(平凡社コロナ・ブックス/税抜き1700円)

 『銅版画家 南桂子』(コロナ・ブックス編集部編)は、特異な世界を描きつづけた画家を知るのに、最良の案内書。南は最初童話を書き、銅版画家の浜口陽三と結婚して渡仏。中年以降に銅版に手をつけた。以後、独りぼっちの少女、小鳥、樹々などをモチーフに、壊れやすく繊細な心象風景を銅版に刻み付けた。本書は多数のカラー図版で、南桂子の世界を網羅し、パリ時代の日記やエッセーを収める。

◆『おやじ弁当』杉作・著(ポプラ社/税抜き1000円)

 元ジョッキーのダメおやじに愛想をつかした母は、妹を連れて家を出てしまい、おやじはしっかりもののマコト(5歳)と男ふたり暮らし。料理はできない、仕事はすぐ辞める、ギャンブルと酒はやめられない。でも、おやじから離れようとしないマコトのために一念発起して『おやじ弁当』を作る。自分のことだけを考えて生きてきた男が、自分よりも大切な存在に気づいていく過程を、杉作はゆるい絵で温かく描く。

◆『結婚式のメンバー』ウィリアム・サローヤン/著(新潮文庫/税抜き590円)

 村上春樹と柴田元幸が組んで、新潮文庫の新シリーズが刊行開始された。名付けて「村上柴田翻訳堂」。2人が選出した「もう一度読みたい!」世界文学10作を新訳で復刊する。村上が訳し下ろした第1弾はカーソン・マッカラーズ『結婚式のメンバー』。アメリカの田舎町で、多感な少女が「緑色をした気の触れた夏のできごと」を経験する。柴田元幸訳のウィリアム・サローヤン『僕の名はアラム』が同時発売。

◆『ピアノ弾き即興人生』山下洋輔・著(徳間文庫/税抜き780円)

 徳間文庫からは久しぶりの山下洋輔のジャズ本。約400ページの『ピアノ弾き即興人生』のどこを開いても、ジャズの達人の面白さが詰まっている。1973年粟津潔邸の庭で、火をつけた燃えるピアノを演奏した話。九州の演奏旅行で、宴会中になだれ込んだタモリとの邂逅(かいこう)。浅川マキへの追悼文。その他、プログラム掲載の文章、講演の採録など、一冊にして山下洋輔丸分かり。解説は才人・菊地成孔(なるよし)だ。

◆『寒い夜』巴金・著(岩波文庫/税抜き1080円)

 『寒い夜』を書いた巴金(ばきん)は現代中国を代表する作家で、本書は日本軍に南京を占領された、戦時下の四川省重慶が舞台。出版社で安い給料に甘んじる無力なインテリが主人公。妻と母親は嫁姑でいがみ合い、息子は妻に懐かない。逃げ道のない生活に、男はほとほと疲れ果てている。「家、おれの家はあれでも家といえるのだろうか」。とても他人事(ひとごと)に思えない。このやりきれなさを立間祥介の新訳はみごとに表現している。

◆『男という名の絶望』奥田祥子・著(幻冬舎新書/税抜き800円)

 奥田祥子はこれまでに悩める男を300人近く取材してきた。その結果をまとめ、現代の男の生きにくさをリポートしたのが『男という名の絶望』だ。仕事では誇りを持てず、家庭では妻と心が通わず、子どもとは断絶。その苦悩は、すでに「病」である。旧来の「男らしさ」の呪縛から逃れ得ず、男たちが性・生に追いつめられる。本書からは、その悲痛な叫びが聞こえてくる。思わず「男はつらいよ」と呟(つぶや)きたくなる。

◆『地方議員の逆襲』佐々木信夫・著(講談社現代新書/税抜き840円)

 『地方議員の逆襲』の著者・佐々木信夫は、行政学、地方自治論の専門家。選挙の洗礼を受けない無投票当選者が、全体の三割近くもいる。号泣会見で有名になった野々村竜太郎をはじめ、不祥事も後を絶たない。いったい、地方議員って何? 著者はその役割を説明しつつ、人口減少、自治体消滅の危機だからこそ、その存在価値を示す時だと言う。女性議員を増やせ、中央のバラマキに頼るな、など提言も多し。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』など

<サンデー毎日 2016年5月1日号より>

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