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岡崎 武志・評『イラストで見る 昭和の消えた仕事図鑑』『レンズとマイク』ほか

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その身一つで働き、稼ぐ人たち

◆『イラストで見る 昭和の消えた仕事図鑑』澤宮優・文 平野恵理子・イラスト(原書房/税抜き2200円)

 「楽して儲(もう)けている人に近づくと勤労意欲が萎える」と、かつて森まゆみが書いた。中華料理店の厨房(ちゆうぼう)で働く男たちを賛美しての感想だ。いま、小手先と頭だけで、ずるく儲けている人たちが多い気がする。

 澤宮優文・平野恵理子イラスト『イラストで見る 昭和の消えた仕事図鑑』を読むと、市井に「楽して儲けて」いない人たちがたくさんいた。赤帽、バスガール、新聞社伝書鳩係、ポン菓子屋、泣きばい、羅宇屋と、その職種の、なんと豊富なこと。

 急坂の下に控え、重い大八車の後押しをして小銭を得た「押し屋」、バイオリンを弾きながら、政治や世相を風刺する自作曲を辻(つじ)に立って歌った「演歌師」など、身一つで地球の上に立って、稼いでいる。その見事さにほれぼれする。

 「これらの仕事には、今よりももっと人間の匂いと体温があった」と著者は書く。なお、息づかいまで再現する平野恵理子のイラストがすばらしい。

◆『レンズとマイク』永六輔、大石芳野・著(藤原書店/税抜き1800円)

 永六輔は写真嫌い。それなのに大石芳野にはたくさん撮られている。40年以上の交流を持つ二人が、存分に語り合うのが『レンズとマイク』。「写真」「民芸」「放送」「沖縄」と話題は広く、深いところまで進む。被災後、福島入りした大石は「土が汚されている、だから人々が悲しいんだ」とカメラを通して感じる。交遊の広い永は、泣かない淡谷のり子が2度だけ泣いた話を披歴する。大石撮影の写真、多数収録。

◆『海の見える理髪店』荻原浩・著(集英社/税抜き1400円)

 多くの名士を手がけた理髪師が、東京を離れ、海辺の小さな町で理髪店を開いた。椅子に座った「僕」に店主が語り始める古い東京の物語。そして客として訪れた大物俳優との長き心の交流。荻原浩『海の見える理髪店』は、表題作をはじめ、いずれも家族のはかなさ、切ない哀しみを描いた短編集だ。ほか、両親が離婚し、一人で海を目指す少女、急逝した娘の代わりに成人式へ出席しようとする父と母の話など全6編。

◆『スープ日乗』辰巳芳子・著(文藝春秋/税抜き2500円)

 料理研究家の辰巳芳子は、父の介護をきっかけにスープに着目し、鎌倉の自宅で「スープの会」を20年も続けている。『スープ日乗』は、そこで参加者相手に語られた講義録。「油断してはだめなんだ。生きていきやすさというものは、自分でつくり出さなくては」などと、あさりのコンソメを作りながら言う。レシピ、作り方にとどまらず、経験を通して漏れる言葉が心に響く。各ページを飾るカラー写真も美しい。

◆『牧野富太郎 なぜ花は匂うか』梨木香歩・著(平凡社/税抜き1400円)

 「日本植物学の父」と称された植物学者による『牧野富太郎 なぜ花は匂うか』は小ぶりで装丁もいい。「花は黙っています。それだのに花はなぜあんなに綺麗なのでしょう? なぜあんなに快く匂っているのでしょう?」と、読者に優しく問いかけるかたちで、植物の根本について開陳されていく。「朝な夕なに草木を友にすればさびしいひまがない」は自作吟。栞(しおり)の文章「永遠の牧野少年」執筆は梨木香歩と最良の人選。

◆『川端康成初恋小説集』川端康成・著(新潮文庫/税抜き670円)

 川端康成『川端康成初恋小説集』は、『伊豆の踊子』の文豪が、ある少女を巡って書き残した、いわゆる「ちよもの」を一冊に集成する。旧制一高時代、20歳の川端が出会った「初代」13歳は、その後の生涯を支配する女性となる。カフェの女給をしていた初代を見初め、不遇同士心を通わせた恋の顛末(てんまつ)を描く「篝火(かがりび)」「非常」ほか、若き川端を魅了した少女がここに甦(よみがえ)る。新たに発見された書簡も初収録。

◆『すし 天ぷら 蕎麦 うなぎ』飯野亮一・著(ちくま学芸文庫/税抜き1300円)

 江戸で栄えた外食文化は、現在にいたるまで、和食の中心を成す。すなわち『すし 天ぷら 蕎麦 うなぎ』。食文化史研究家の飯野亮一は、この「江戸四大名物食の誕生」を、各種文献を渉猟し、風俗画、川柳などを引きながら明らかにしていく。じつは、うどん屋が多かった江戸の町。そこにそば切りの名店が出現する。うなぎも最初は丸ごと焼いていた。丑(うし)の日がうなぎの日となった由来は? 文庫書き下ろし。

◆『ジーヴズと婚礼の鐘』セバスチャン・フォークス/著(竹書房文庫/税抜き900円)

 英国の作家、P・G・ウッドハウスの人気シリーズ「ジーヴズ」ものは、有閑貴族バーティと有能な執事ジーヴズのコンビが巻き起こす珍事を描く小説。本作『ジーヴズと婚礼の鐘』(村山美雪訳)の作者、セバスチャン・フォークスは、その続編を仕立ててみせた。政略結婚させられそうな美女に恋したバーティは、彼女のためにひと肌脱ぐため、ジーヴズと立場を入れ替えて……。そして巻き起こる大騒動の結末は?

◆『モネとジャポニスム』平松礼二・著(PHP新書/税抜き900円)

 平松礼二は現代日本画を代表する画家。月刊『文藝春秋』表紙を長く手がけた。かつてオランジュリー美術館の「モネの部屋」で受けた衝撃から、その足跡をたどるようになる。とくに『モネとジャポニスム』の関係を本書で深く考察する。日本に恋したモネ。あるいはゴッホ。彼らはどこに、心惹(ひ)かれたのか? モネへのオマージュを、日本画に昇華する挑戦を続ける著者ならではの、独自の視点が随所に光る。

◆『天使とは何か』岡田温司・著(中公新書/税抜き780円)

 『天使とは何か』と問うのは岡田温司(あつし)。日常会話でも賛辞として飛び交う「天使」だが、本物はいるのか。著者は、「キューピッド、キリスト、悪魔」と副題にあるように、むしろ異端の存在として天使に着目する。キリスト教美術に描かれた図像などを手がかりに、我々が知るのとは別の謎に迫る。「人は誰もがそれぞれに天使を培い、天使に守られ、天使を介して交じりあう」。読後に天使のささやきが聞こえてくるかも。

◆『雑学の威力』やくみつる・著(小学館新書/税抜き760円)

 物知りになるためには? その方法と習慣を教えてくれるのが『雑学の威力』。雑学は「人を傷つけない」ところがいいというやくみつる。「知っているワタシがどうかしている」というくらいの雰囲気を醸し出すのがちょうどいいとか。図鑑を読む、モノの名前を調べる、1日3つ覚える、ノープランの旅行に挑戦するなどは、老化防止にも役立ちそう。会話力がアップし、周りのウケがよくなるというメリットも。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』など

<サンデー毎日 2016年5月8・15日合併号より>

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