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岡崎 武志・評『東京レコ屋ヒストリー』『おそ松くんベスト・セレクション』ほか

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◆『東京レコ屋ヒストリー』若杉実・著(シンコーミュージック・エンタテイメント/税抜き1800円)

 私など、いまだに音楽ソフトを扱う店を「レコード屋」と呼んでしまう。もはや死語?

 若杉実『東京レコ屋ヒストリー』は、東京の音楽文化を発信したレコード屋について、その100年の歴史を遡(さかのぼ)りリポートする。

 銀座尾張町の「天賞堂」が、日本最初の輸入レコード店。明治36年というから驚く。昭和になって戦後、LPレコードが誕生。著者は「月光社」「タイム」「トニイレコード」「レコファン」など、現役、伝説併せて店舗と主人に取材、円盤と大衆の関わりと変遷を考察していく。

 中古レコード市場が意外や活況を呈し、海外からマニアが買い付けに来るという。日本人はモノを大事にする国民だから、中古盤の状態がキレイで人気がある、と言われて納得。テレサ・テン人気の高騰ぶりも、本書で知った。

 村上春樹作品におけるレコード屋の存在を論じた一文には、著者ならではの視点が生きている。奇書と呼びたい名著である。

◆『おそ松くんベスト・セレクション』赤塚不二夫・著(ちくま文庫/税抜き780円)

 大学生の娘が、しきりに「おそ松さん」と興奮して連発するので、「くん」だろうと指摘したら、そういう大人気のアニメが放映されていたのだ。大人になったニートの六つ子を描くというが、本家本元はこっちである。

 赤塚不二夫『おそ松くんベスト・セレクション』は、約半世紀前に『週刊少年サンデー』に連載された人気マンガのアンソロジー。懐かしいとともに、おそらく「おそ松さん」世代の若者が読んでも、十分おもしろいはず。

 同じ顔の少年が6人並び、騒動を巻き起こすという発想が素晴らしい。そこにイヤミ、チビ太、デカパン、ハタ坊など異形のトリックスターがからむ。赤塚不二夫はやっぱり天才だった。

 マドンナ・トト子の実家が魚屋で、店主のおじいさんは復員兵。ときに軍服を持ち出すところは、時代を感じさせる。また「30年後のおそ松くん」を描く回も収録されているなど、「おそ松さん」を想起させ、興味は尽きない。

◆『鞍馬天狗のおじさんは』竹中労・著(七つ森書館/税抜き3200円)

 戦前から昭和期にかけ、日本の映画界を引っぱったヒーローが「アラカン」こと嵐寛寿郎(あらしかんじゆうろう)。その嵐に竹中労(つとむ)が聞き書きして生まれた『鞍馬天狗のおじさんは』が、このたび復刊された。寛プロが立ち往生し、積もる借金の間にあっても女遊びはやめられない。「十人の女といっぺんづつするよりも、一人の女と心ゆくまで十ぺんするのがよろしい」と、天衣無縫な人生は、まことに見事。「はいな、軍隊平等やおへん。えらいさん楽して、兵隊苦労ばっかりや」。隅から隅まで美味(おい)しい一冊。

◆『極東セレナーデ』小林信彦・著(フリースタイル/税抜き1700円)

 バブル初期の1980年代後半、『朝日新聞』に連載された小林信彦の長編『極東セレナーデ』が復刊された。主人公の朝倉利奈は、短大卒の20歳で失業中。そんな、ごく普通の女の子に、ある日、ニューヨーク行きの仕事が舞い込む。原発の安全性を宣伝するポスターを制作するというのだ。普通の女の子がアイドルタレントへの階段を駆け上るというシンデレラストーリーは後半大きく変調する。著者は現代のシンデレラストーリーという生地に原発の恐怖を練り込む。今こそ読みたい。

◆『恋愛詩集』小池昌代・著(NHK出版新書/税抜き740円)

 毎朝、毎晩続く殺人的なラッシュの電車で、詩を読む人が増えたら、少し世の中、変わるかもしれない。そんな気を起こさせた小池昌代編著による『通勤電車でよむ詩集』は、すぐれた企画だったが、待望の続編が出た。『恋愛詩集』は、詩を一編引き、そこに解説を付すスタイルは前著と同じだが、今回は「恋愛」がテーマ。宮沢賢治「報告」、吉原幸子「初恋」、リルケ「薔薇の内部」など古今東西の名品が出揃(そろ)った。室生犀星(さいせい)「舌といふものは、おさかなみたいね」は、とてもエロチック。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』など

<サンデー毎日 2016年5月22日号より>

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