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岡崎 武志・評『夢の歌から』『丹下健三』ほか

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◆『夢の歌から』津島佑子・著(インスクリプト/税抜き2700円)

 少なくとも20年ぐらい前までは、政治的、社会的事件があると、文学者が新聞雑誌に発言を求められ、もの申す時代があった。いわゆる「炭鉱のカナリア」的役目を現代作家が担ったのである。

 今年2月に逝去した津島佑子の最後のエッセイ集『夢の歌から』を読むと、地上の悲惨を憤り、告発批判する姿勢が、全編に漲(みなぎ)っている。戦争や紛争、先住民アイヌ、国境と民族など、関心は幅広く、どれも硬い骨が貫いている。

 特に「3・11」以後の原発問題には、この国が隠そうとする事実を、絶え間なく追求している。世界に友人を持つ著者は、震災と事故以来、台北、北京、オタワから「逃げなさい」と呼びかけられ、それでも東京に留(とど)まった。「今、眼を離すわけにはいかない」と感じたからだ。

 「この地上を照らす『いのち』の美しさ。かけがえのなさ」を「生の喜び」だと著者は言う。盟友だった中上健次への熱い思いも、本書で初めて知った。

◆『丹下健三−−戦後日本の構想者』豊川斎赫・著(岩波新書/税抜き840円)

 エンブレム、新国立競技場の改変続きでゴタゴタする2020年東京オリンピック。そこで比較に出されるのが旧東京五輪だ。優美で斬新な代々木・国立競技場を設計したのが『丹下健三』だった。

 建築史家の豊川斎赫(さいかく)は、世界に名を馳(は)すこの先覚者を「戦後日本の構想者」として位置づける。敗戦後の焼け跡に、広島平和記念公園を作り、東京都・香川県の庁舎、国立競技場、大阪万博お祭り広場など、戦後を象徴するモニュメントを作った丹下。

 「美しきもののみ機能的である」と名言を遺(のこ)した建築家は、単体として設計するのではなく、「建築が都市・国土と有機的に結びつくことを絶えず目指して来た」。戦後民主主義の実践として、市民に開放したコンセプトで設計された香川県庁がそれを証明する。

 また、丹下シューレの下、薫陶を受けた弟子たち(たとえば磯崎新(あらた)など)の活動も、一章を割いて紹介している。いま丹下健三あらばと、思わずにはいられない。

◆『君よ観るや南の島』川村湊・著(春秋社/税抜き2300円)

 言われて気づいたが、日本映画史には沖縄を舞台、あるいはテーマにした作品の系譜がある。「ひめゆりの塔」「沖縄やくざ戦争」、そして「ウルトラマン」。川村湊(みなと)『君よ観るや南の島』は、スクリーンに映し出された沖縄を検証し、そこから戦後日本の社会や人間像を逆に照射する試み。「日本列島(ヤポネシア)の南端の沖縄は、日本という国家の成り立ちや構造や矛盾点が凝縮した形で」表れると著者は考える。基地問題を論じた最終章まで、沖縄を考える手がかりがすべてここにある。

◆『素顔の池波正太郎』佐藤隆介・著(新潮文庫/税抜き460円)

 佐藤隆介『素顔の池波正太郎』は、いまなお人気を博す時代小説作家に近付ける好読み物。若き日より10年来、池波正太郎と接し、「書生」を自任する著者は、その姿を「誰よりも優しく、シビアで、粋だった」(帯文)と評する。銀座の酒場では、自身ではほとんど飲まず、もっぱら「たっぷりチップを弾む」ことを心掛けた。山の上ホテルの天ぷら店では、締めに「白いご飯に醤油を掛けたのを食べさせろ」と要求した「ご飯狂」ぶりなど、池波の私生活を彷彿(ほうふつ)させる。

◆『晩菊』安野モヨコ・著(中公文庫/税抜き580円)

 日本文学は「女体」をいかに描いてきたか? その問いに答えるため、エロスの漫画家・安野モヨコが『晩菊』というアンソロジーを編んだ。太宰治「美少女」、岡本かの子「越年」、芥川龍之介「女体」、そして林芙美子による表題作など8編。「そのしなやかな、すっきりした首と、細い柔かい痩せぎすな胴とが、一つの波から次ぎの波へゆらゆらと波紋が伝わって行くように動いたのです」は、谷崎潤一郎の「富美子の足」。これに応えて、選者が描き下ろす挿絵が何とも色っぽい。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』など

<サンデー毎日 2016年6月5日号より>

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