二言三言

地蔵がつなぐ公害跡 /栃木

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 公害の被害地同士の連帯の証しとして、渡良瀬川流域の有志でつくる「鉱毒非命お地蔵さんの会」(坂原辰男会長)が4年前、新潟水俣病の被害者のために贈った地蔵像が安置されたと知り、新潟県阿賀町を訪ねた。原因企業の旧昭和電工鹿瀬工場があった同町鹿瀬の神社跡に鎮座したお地蔵さんは、足尾銅山跡や渡良瀬川のある南の方角を向いてほほえんでいた。

 建立の推進役は、新潟水俣病安田患者の会事務局の旗野秀人さん(66)。チッソ水俣病患者運動のリーダー、故川本輝夫さんの頼みで1994年、熊本県水俣市に「阿賀の岸から不知火へ」と刻んだ地蔵を贈り、98年に「不知火から阿賀へ」、2007年に「阿賀の岸から渡良瀬へ」と地蔵の輪を広げた。渡良瀬川の地蔵は、足尾銅山の鉱毒事件で奔走した田中正造の分骨地で、活動拠点だった雲龍寺(群馬県館林市)にある。

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