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SUNDAY LIBRARY

岡崎 武志・評『姉・米原万里』『戦地の図書館』ほか

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◆『姉・米原万里 思い出は食欲と共に』井上ユリ・著(文藝春秋/税抜き1500円)

 ロシア語通訳、のちエッセイストとして活躍した米原万里。今年は没後10年だという。東京・八重洲ブックセンターでは、その生涯と仕事を偲(しの)ぶ回顧展が5月に開催され、連日、多くの人が詰めかけたと聞く。人気、いまだ衰えず。

 井上ユリはその妹。『姉・米原万里』は、いつも近くにいた肉親による回想だ。しかも「食」にまつわる記憶が中心、という点がきわめてユニーク。米原家はそろって「大食い」だった。

 片付け好きの父親と、勉強好きの母親。少女時代、一家でプラハに移住、そこで初めてロシア料理を食べた。なにしろ日本では「ソーセージもなかった」時代。食いしん坊ぶりは「いくつになっても、どこに住んでも、あのときのプラハの味を探し続けていく」かたちで発揮された。

『不実な美女か 貞淑な醜女(ブス)か』で一躍、書き手として注目されるまでの半生が、妹という愛情あふれる視点で明かされる。随所に家族写真も掲載され、貴重な一冊。

◆『戦地の図書館』モリー・グプティル・マニング/著(東京創元社/税抜き2500円)

 戦後、占領下の日本にアメリカがもたらしたものは、民主主義と憲法、そして、「兵隊文庫」と呼ばれる戦地向けの本だった。植草甚一は古本屋でこれを買い込み、海外文学を摂取したのだ。

 モリー・グプティル・マニングは『戦地の図書館』(松尾恭子訳)で、その全貌を調べつくしてノンフィクションに仕立てた。先の見えない戦いに押しつぶされそうになる兵隊のために、娯楽・慰安として、アメリカはおよそ1億4千万冊の特製ペーパーバックを印刷し、戦地に送ったのだ。

 物資不足の中、いかに「場所を取らず、軽い。曲げられ」て、ポケットやリュックに入れられるようにするか。その苦心談が興味深い。1億冊もの書物を焚書(ふんしよ)したナチス・ドイツと比する時、「兵隊文庫」のありがたさが光り輝く。

「これは、剣と同じように強い力を持った本の記録である」と著者が書く意味が、本好きの心を熱くさせる。純文学からミステリーまで含む全リストは壮観だ。

◆『東海道中膝栗毛を旅しよう』田辺聖子・著(角川ソフィア文庫/税抜き840円)

 享和2(1802)年江戸の書肆(しよし)が出した東海道五十三次のガイドブックは大当たり。続編、続編、また続編と「弥次・北」は人気者に。『東海道中膝栗毛を旅しよう』で、田辺聖子は同じコースを現代にたどる。十返舎一九が若き日に大阪にいたことから、弥次・北コンビを大阪人が言うところの「チャリ(滑稽(こつけい)・道化)」と看破する。ときに記述の下ネタ、下品に辟易(へきえき)しつつ、近世文学の富をたっぷり吸い上げるあたりが、さすがはお聖さん。お伴の者たちとの掛け合いも楽しく、旅気分を盛り上げる。

◆『日本近代随筆選』千葉俊二・長谷川郁夫・宗像和重/著(岩波文庫/税抜き810円)

 千葉俊二・長谷川郁夫・宗像和重の読み巧者3人が編者となり、テーマ別に『日本近代随筆選』を全3冊で送り出した。第2巻は「大地の声」。永井荷風、川端康成、中原中也、幸田文、坂口安吾など、自然や季節に目を向けた随筆40人、40編を集める。人を訪ねた帰り道、雨上がりの月の夜、震災後の横浜・山手を歩いていたら、どこかからピアノを一度打った音が聞こえた。それは人気のない、廃屋に置かれたピアノであった(「ピアノ」芥川龍之介)。心に沁(し)み入る名品ぞろい。

◆『戦争交響楽』中川右介・著(朝日新書/税抜き900円)

 ナチス・ドイツ政権のホロコースト犠牲者に、当然ながら音楽家も含まれた。彼らはいかに巻き込まれ、いかに生き延びたか。中川右介(ゆうすけ)『戦争交響楽』は、今に名の残る約100人の音楽家たちの、苦難と歓喜の声に耳を澄ます。ユダヤ系のワルターは、独裁政権から逃れるため亡命。一方、ナチスへ入党し、ベルリンフィルを率いてドイツ楽壇にその名を知らしめたのはカラヤン。あるいは、ファシズムと闘ったトスカニーニ。膨大な資料を駆使して浮かび上がらせる、皮肉な群像劇。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』など

<サンデー毎日 2016年7月3日号より>

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