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岡崎 武志・評『箸はすごい』『食魔 谷崎潤一郎』ほか

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◆『箸はすごい』エドワード・ワン/著(柏書房/税抜き2200円)

 この15〜20年で大きく変わったのは、欧米人の箸の使い方がうまくなったこと。常用する日本人が、かえって気づかないのが箸の存在意義だ。北京大学のエドワード・ワン教授は、『箸はすごい』(仙名紀訳)でそれを教えてくれる。

 ナイフ・フォークが3割、手食が4割、アジア中心の箸が3割。食べ方を三分する中、箸の歴史は7000年前に遡(さかのぼ)る。中国では漢から唐にかけて、農業と食文化に変化があり、手食から箸へ。

 箸文化の成立はベトナムから。日本へは小野(おのの)妹子(いもこ)が持ち帰り、8世紀に普及……と知らないことばかり。ロラン・バルト曰(いわ)く「箸でつまみやすいし、たった一つの動作で口に運べるし、この道具はなんと二つに割れている」。

 必ず2本使う「分かちがたい」箸は贈答品ともなる。たしかにそうだ。寿司(すし)や中華を箸で食べる欧米人を見ると「世界の食文化に箸が橋渡し」(第6章表題)というのも大げさではない。読後、「箸はすごい」と再認識するはずだ。

◆『食魔 谷崎潤一郎』坂本葵・著(新潮新書/税抜き760円)

 谷崎潤一郎文学の生涯のテーマが「女」であり、とくに倒錯の性愛を描いて、唯一無二の存在であったことはご承知のはず。

 坂本葵は『食魔 谷崎潤一郎』というショッキングなタイトルで、そこにもう一つ「食い意地」をつけ加え、新境地を開く。たしかに谷崎には『美食倶楽部』なるグルメ小説もあった。

 本書は、作品を「食」という視点で斬り込み、谷崎の美食の根底にある謎にも迫る。『痴人の愛』のナオミに代表される、食欲旺盛な悪女たちは、よく食べるくせに料理をしない。『女人神聖』に登場する母親は「寝そべって食べ物のことばかり考えている」。

 もちろん谷崎自身の食べっぷりにも触れる。『過酸化マンガン水の夢』で作者を思わせる老人の「食」への欲望は、「女」への欲望とつながる。「よくもまあ高血圧の老人がこれだけムシャムシャ食べられるものだ」と著者は呆(あき)れるが同感。日本文学には珍しい脂っこい作家であった。

◆『外骨戦中日記』吉野孝雄・著(河出書房新社/税抜き2000円)

 筆禍による入獄4回、罰金・発禁29回に及ぶ奇人にして、反骨のジャーナリストが宮武外骨。その活躍は明治から戦後まもなくまで及ぶが、晩年に空白期があった。吉野孝雄『外骨戦中日記』は、発見された日記から、その空白を埋める。昭和19年から21年までの日記は、事実のみを記す「暗号みたいな日記」で、外骨の甥(おい)にあたる著者は、各種資料を駆使し、沈黙の時代を明らかにしていく。戦中の買い出し、空襲を避けた疎開先では釣り三昧(ざんまい)、そして戦後。ここに未知の外骨がいる。

◆『作家論 新装版』三島由紀夫・著(中公文庫/税抜き780円)

 出版不況の今から想像できないが、各社が文学全集を出版し、バカ売れしたのが1960年代だった。中央公論社は『日本の文学』で当てた。その編集委員となり、担当した6巻の解説を書いたのが三島由紀夫。『作家論 新装版』は、その解説を中心とした作家論集で、三島の文学鑑賞眼の確かさがうかがえる。鴎外、紅葉、鏡花、谷崎、川端のほか、内田百ケン・牧野信一・稲垣足穂を一巻とし、「坐ったままのハイカラさ」と評したところに、三島の目配りと真骨頂がある。

◆『民藝の歴史』志賀直邦・著(ちくま学芸文庫/税抜き1300円)

 芸術家の生み出す名品に比べ、雑器・粗物(あらもの)と呼ばれ、低く見られた庶民の日用器物を「民藝」と名付け、高く評価したのが柳宗悦(やなぎむねよし)とその仲間たちだった。雑誌『白樺』から始まった、社会を「美」で変革しようとする運動の歴史を志賀直邦が『民藝の歴史』にまとめる。名前でわかる通り、著者は志賀直哉を伯父に持ち、柳と共に深く民藝運動に関わってきた。「民藝」は、河井寛次郎、濱田庄司、富本憲吉らの実践を含む、「当時の社会に対する一種のアンチテーゼ」でもあった。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』など

<サンデー毎日 2016年7月10日号より>

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