永六輔さん死去

昭和の頑固おやじ 反権力貫き

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講演する永六輔さん=東京都千代田区一ツ橋の毎日ホールで2002年8月25日、根岸基弘写す
講演する永六輔さん=東京都千代田区一ツ橋の毎日ホールで2002年8月25日、根岸基弘写す

 幼いころテレビから聞こえたCMのフレーズ「せき・こえ・のどに浅田飴」の、高めの声とちょっと理屈っぽい話しぶり。そして中学の音楽の授業で歌った「遠くへ行きたい」。今も耳から離れない多くの記憶を残した永六輔さんが、遠い旅に出た。

 放送作家、作詞家、エッセイスト、タレント、ラジオパーソナリティーと多岐に及んだ活躍の場。その底流にあったのは生まれ育った東京・江戸の文化への深い愛情と、権力を誇示する者への嫌悪だった。

 提唱した尺貫法復権運動では、国家が罰則規定を設けて日本の伝統的計量単位を否定する姿勢に反発し、1960年安保反対闘争では石原慎太郎さんや故黛敏郎さんら保守の論客とも、「国家権力」という共通の敵と闘うため行動を共にした。

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