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岡崎 武志・評『受難』『雑学の冒険』ほか

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◆『受難』帚木蓬生・著(角川書店/税抜き1800円)

 韓国・珍島(チンド)沖で起きた大型フェリーの沈没事故。かたや遺体となった女子高校生を、iPS細胞と3Dプリンターで蘇生させる。つながりのない二つの出来事が、やがて驚愕(きようがく)の事実で交差する。

 最新医療の現場を、エンタメ小説化してきた帚木蓬生(ははきぎほうせい)の新作長編が『受難』。博多細胞工学研究所所長の津村は、ソウルにも拠点を持ち、再生医療に挑む医師だ。そこに持ち込まれたのが、滝壺に落ちて死んだ美少女・春香の再生であった。企業のトップの孫娘で、20億円を支払うという。

 津村の力で“眠れる森の美女”はついに甦(よみがえ)る。春香はフェリー事故に興味を持ち、調べ始めるが、韓国社会が抱える根の深い闇が次第に明らかになる。そして春香の肌に急激な劣化が……。

 現実の事件をモデルに、強制連行、脱北者など、日朝間の歴史を踏まえ、著者は大きな愛のドラマを用意する。手練の描写が造形した、真摯(しんし)に生きる美少女は、忘れがたいヒロインとなった。

◆『雑学の冒険』礫川全次・著(批評社/税抜き1700円)

 「納本制度」により、国内で発行されたすべての出版物が揃(そろ)うはずの国立国会図書館だが、さまざまな理由で、漏れがあるという。礫川全次(こいしかわぜんじ)『雑学の冒険』は、「国会図書館にない100冊の本」(副題)を紹介する。

 全能に見える国会図書館には、「知的空間のクセや歪(ゆが)み」がある。たとえば「下らない本」や「怪しい本」。『猟奇犯罪捕物実話 血ぬられた乳房』(昭和22年)が「ない」本で、著者の手元にはある。頒布形式で会員に配られた『人獣秘譚』(昭和5年)も同様。たしかに「国会」の名にふさわしくないかも。

 ほか、通俗科学、戦中期の出版物、内部資料、雑誌の付録や参考書の類いも、同館では拝めないようだ。しかし、著者の見るところ、アカデミズムの世界の外に置かれたこれらの本こそ「おもしろい」。

  これはまったく同感で、『にっぽん「丸坊主」白書』(昭和42年)は、頭髪研究書らしいが、ちょっと気になります。

◆『京都好き』早川茉莉・編(PHP研究所/税抜き850円)

 早川茉莉編『京都好き』は、29人の先人が見て記した「京都」の文章を集める。梶井基次郎「檸檬」、高野悦子「二十歳の原点」、池波正太郎「京都・寺町通り」など定番もあれば、植草甚一、武田百合子、いしいしんじ、みうらじゅんなど、変則による別の見方もある。木村衣有子「東郷青児と『喫茶ソワレ』」はピンポイントで、京都の神髄を伝える。「歩くたび、お気に入りの場所を訪ねるたびに、襞(ひだ)の細部にあるものを少しずつ見せてくれる」のが京都と、解説で編者は言う。

◆『山之口貘詩集』高良勉・編(岩波文庫/税抜き640円)

 貧乏に貧乏を重ね、それでもユーモアを忘れなかった詩人の作品が文庫化。これはうれしい。高良勉編『山之口貘詩集』は、夏の暑さに負けぬためにも、カバンの底に忍ばせたい。結婚生活の喜びと悲哀を、ものが増えていくことと見定めた「畳」のアイロニーを見よ。あるいは「地球を食っても足りなくなったらそのときは/風や年の類でもなめながら/ひとり 宇宙に居のこるつもりでいるんだよ」(「食いそこなった僕」)と、この詩人は、繊細に見えて、ふてぶてしくも大きい。

◆『エドウィン・マルハウス』スティーヴン・ミルハウザー/著(河出文庫/税抜き1500円)

 現代アメリカ文学を代表する、スティーヴン・ミルハウザーの長編『エドウィン・マルハウス』が名手・岸本佐知子の手で訳出、このたび文庫になった。主人公マルハウスは、10歳にして傑作を書いて11歳で死んだ天才作家。その伝記が、彼の隣家に住む、同じ11歳のカートライトの手で1956年に書かれた。この真面目で目立たない少年による「アメリカ伝記文学を代表する傑作」を再現する、という変わった設定。しかしここに、濃密で暗い子どもの世界が見事に抽出されている。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』など

<サンデー毎日 2016年7月31日号より>

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