広島・被爆者

「命あるうちに」86歳の決意

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広島原爆によるケロイド痕に触れながら、思いを語る石橋恒さん=兵庫県尼崎市築地の自宅で撮影
広島原爆によるケロイド痕に触れながら、思いを語る石橋恒さん=兵庫県尼崎市築地の自宅で撮影

オバマ大統領の広島訪問に勇気付けられて

 広島で原爆に被爆した兵庫県尼崎市の石橋恒(ひさし)さん(86)は31日、高齢者施設の催しで初めて人前で体験を語る。16歳で被爆、やけどを負って焦土の町をさまよった。今まで自ら進んで体験を語る機会はなかったが、5月のオバマ大統領の広島訪問に「米国でも原爆への見解が分かれる中で『戦争やから仕方ない』では済まされん、と示してくれた」と勇気付けられた。戦後71年の夏に「命あるうちに語ろう」と決めた。

 石橋さんは広島県倉橋島村(現・呉市倉橋町)生まれ。1945年8月6日、爆心地から南東約1キロの広島市中心部に、当時勤めていた工場から建物疎開の勤労奉仕に出かけて被爆した。水道の水を飲もうとすると水が青白く光って飛び散った。気を失った。誰かに背中を踏まれ、意識が戻ると、炎と土煙の中に倒れていた。

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