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SUNDAY LIBRARY

岡崎 武志・評『一投に賭ける』『三の隣は五号室』ほか

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◆『一投に賭ける』上原善広・著(角川書店/税抜き1600円)

 1989年、サンノゼ国際大会の「やり投げ」で、87メートル60を記録した男がいた。上原善広『一投に賭ける』は、陸上界の伝説の男、溝口和洋に18年かけて取材したノンフィクション。

 この男、何もかも型破り。現在は農業従事者、その前はパチプロだった。現役時代、トレーニング法、助走、投擲(とうてき)法もすべて自己流。左右非対称のスパイクを考案したのも彼。すべては、ただ「一投に賭ける」ため。そのほかは女も酒もタバコもやった。

 なにしろ、女性と交わりながら「この動きをやり投げに応用できないか」と考え、タバコの害を指摘されると「タバコよりやり投げの方が体に悪い」とうそぶいた。まさしく「無頼派アスリート」。

 著者は、マスコミ嫌いの溝口に食いつき、一人称というスタイルで、「全身やり投げ」男のほとばしる命を一冊の本に仕立てた。忘れられた、と思われていた溝口和洋は、実は「忘れようとしても、忘れられない」男であった。

◆『三の隣は五号室』長嶋有・著(中央公論新社/税抜き1400円)

 小説は、何をどう書いてもいい文芸ジャンルである。ドストエフスキーもマルケスも星新一も同じ土俵に立つ。そこがおもしろい。

 その「おもしろ」さを、存分に証明してみせたのが長嶋有『三の隣は五号室』。何しろ、扉や目次を飛ばし、いきなり第一章の本文から始まる。そこで説明されるのが、古い木造アパート藤岡荘五号室の「変な間取り」だ。三輪密人、五十嵐五郎、六原陸郎と、住人たちの名前まで「変」。

 1956年から2016年までの60年間、歴代15組の住人がこの「変な間取り」の部屋に住みついた。いわばただそれだけ。大した事件も波乱もなく、彼らがそこで暮らし、さまざまな痕跡を残して生きた春秋を、著者は見つめる。

 単身赴任あり、居候あり、どら息子あり、傷心のOLありと、同じ部屋ながら人生はさまざま。ノンシャランに見えて細密、は長嶋有おなじみのスタイル。雨の音をそれぞれが聞くシーンが、じつにいい。心にも雨の音が忍び込む。

◆『チャイナ・メン』マキシーン・ホン・キングストン/著(新潮文庫/税抜き840円)

 訳文の方が、ブローティガンの原文よりいいかも。そう思わせた翻訳家・藤本和子が、マキシーン・ホン・キングストンの長編『チャイナ・メン』を訳出。このたび、「村上柴田翻訳堂」シリーズで甦(よみがえ)った。中国系移民の家に生まれた著者が、アメリカへ渡った中国人の親や祖父母たちの時代を描く。鉄道建設、鉱山労働などに従事した、「声なき声」の者たち。その一人ひとりに、名と実在を与え、たしかにそこに生きた証しを『チャイナ・メン』は刻む。村上春樹・柴田元幸による対談が巻末に。

◆『サマードレスの女たち』アーウィン・ショー/著(小学館文庫/税抜き830円)

 常盤新平の名訳で、1980年代にアーウィン・ショーのブームが起きた。しかし、この「ニューヨーカー」作家には、もう一人名訳者がいた。小笠原豊樹訳『緑色の裸婦』から、16編を選び再編したのが『サマードレスの女たち』。その表題作は、ニューヨークのホテルに泊まる若く裕福な夫妻が登場。洒落(しやれ)た会話をしながら街を歩く二人だが、男の目は通りすがりの女性に奪われる。そのことを悲しむ若い妻。そして……。人生の断片を現実的に、かつ洗練されたスタイルで描く名品揃(ぞろ)い。

◆『プラネタリウム男』大平貴之・著(講談社現代新書/税抜き800円)

 近年、技術の進歩で各種プラネタリウム施設が充実し、人気もある。しかし、『プラネタリウム男』の大平貴之は、小学生の時から勉強部屋で自作に取り組み、個人製作は不可能といわれたレンズ投影式開発を、大学生の時に成功させる。まさに天才。ソニーに就職するも人間関係が苦手で衝突を繰り返しながら、驚異の移動式「メガスター」を開発した。のち独立、さまざまな困難をのりこえ、世界最先端の独創的なプラネタリウムを生み出し、世界へ、未来へと邁進(まいしん)する姿に勇気づけられる。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』など

<サンデー毎日 2016年8月7日号より>

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