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社説

相模原事件 匿名が問い掛けるもの

 19人の命が奪われたのに、いったい誰が犠牲になったのか、どんな人生を被害者は歩んできたのか、ほとんどの国民は知らない。「匿名」が問い掛けるものについて考えたい。

     相模原の障害者入所施設「津久井やまゆり園」で障害者19人が元職員から殺害され、26人が負傷した事件で、神奈川県警は被害者全員を匿名で発表した。

     殺人事件では警察は通常、被害者を実名で発表するが、同県警は匿名にした理由について「知的障害者の支援施設であり、遺族のプライバシーの保護等の必要性が高い。遺族からも特段の配慮をしてほしいとの強い要望があった」と説明した。

     一方、「障害を理由に匿名発表はおかしい」と批判する一般の障害者や家族も多い。障害者に対する偏見や差別に満ちた植松聖容疑者の言い分ばかり報道され、被害者に関する情報が乏しいというのである。「匿名」が壁になり、被害の痛ましさをメディアが十分に伝えられないことに、もどかしさを感じている人は多いはずだ。

     子供に障害があることを恥ずかしい、隠したいと思っている家族はいる。ただし、家族にそう思わせている社会のありようにも問題の目を向けるべきではないか。

     障害があっても親とは独立した人格を認めなければならないことは、日本も批准した国連障害者権利条約の原則である。家族の気持ちと障害者本人の望みが異なることはよくある。遺族のプライバシー保護だけでなく、被害にあった障害者自身についても考えたい。

     入所施設をめぐる問題にも触れねばならない。欧米ではプライバシーのない集団生活は人権侵害だとして入所施設は次第に閉鎖され、地域での生活が保障されてきた。

     日本では障害者の高齢化を背景に入所施設を求める親も多く、約12万人の障害者が現在も各地の入所施設にいる。親は安心かもしれないが、障害者本人の意思がどのくらい反映されているのかは疑問だ。匿名問題の背景にはそうした事情もある。

     ただ、近年は日本でも入所施設から地域での生活に移行する障害者は少しずつ増えている。当初は家族がかたくなに反対する場合が多いが、障害者の人権に関する状況や地域でも安心して暮らせる選択肢について丁寧に説明すると、家族の心境が劇的に変化することがよくある。

     今回、県警や施設側が遺族にどのように説明したのか気になる。理不尽な被害にあったことを実名で報じられる意義をきちんと説明した上で遺族の判断を仰いだのだろうか。

     「匿名」では血の通った人間の実像が伝わらない。

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