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SUNDAY LIBRARY

岡崎 武志・評『スティグマータ』『乳房に蚊』ほか

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暑い夏は読書に限る! ジャンル別オススメ本を一挙紹介します。

帰省のお供にこの一冊

◆『スティグマータ』近藤史恵・著(新潮社/税抜き1500円)

 近藤史恵の長編『スティグマータ』が扱うのは「ツール・ド・フランス」。フランスで毎年7月に開催される、自転車ロードレース。チームで23日間、3000キロ前後を駆け抜ける。当然ながらさまざまなドラマを生む。近藤は、チカと伊庭というライバル関係にある日本人選手を、この過酷なレースに挑ませる。ソ連の至宝と呼ばれた伝説のヒーローが復活し、しかも脅迫を受けている。待ち受ける惨劇。「観客も、景色も視界から消える。見えるのはただ、遥か先まで続く道だけだ」。このドラマとレースのスリリングな疾走感を帰省の車内で味わいたい。

◆『乳房に蚊』足立紳・著(幻冬舎/税抜き1300円)

 東京から北関東に帰省する際、青春18きっぷを利用する方もいるとか。東京から郡山までなら4時間強で着く。人気脚本家・足立紳が初めて手がけた小説『乳房に蚊』(幻冬舎)が面白い。ダメ亭主とその一家が、青春18きっぷで極貧旅行に出かける。恐妻家の主人公は、長らく性交渉のないGカップの妻と、四国での旅行中に果たして合体できるのか?

◆『函館をめぐる冒険』ピープス函館・編(CCCメディアハウス/税抜き1500円)

 この春開業した北海道新幹線。東京から函館まで約4時間で結ぶ。ピープス函館編『函館をめぐる冒険』(CCCメディアハウス)は、観光スポット、食、歴史と文化を、多数のカラー写真をまじえ紹介している。なんといっても魅力は、現役の「路面電車」。随時、新型に切り替わりつつあるが、日本各地を走った旧型を拝めるチャンスもある。おいしいコーヒーを飲ませる店がいくつもあることも、本書で知った。北海道の帰省は飛行機と決めつけていた人へ。半日、函館途中下車を楽しむのもいいかもしれない。

◆『「翼の王国」のおみやげ』長友啓典・著(木楽舎/税抜き1400円)

 全日空グループ機内誌『翼の王国』に長期連載中の長友啓典(けいすけ)「おいしい手土産」。日本全国を飛び回り、おすすめの「おみやげ」を紹介する文章と絵が、このたび『「翼の王国」のおみやげ』(木楽舎)にまとまった。大阪では、ナンバ「大寅(だいとら)」の天ぷらと蒲鉾(かまぼこ)。創業140年の味を70年食べ続けている。「なかなかのもんでっせぇ」と、大阪出身の著者らしい。広島といえば「もみじ饅頭」だが、本書では宮島「やまだ屋」を指定。「この本を片手に旅に出る人たちが、それぞれの『おみやげ』をぶら下げて戻ってきてもらえると、うれしいかぎりである」とは著者の弁。

たまには家族そろって

◆『きみの隣りで』益田ミリ・著(幻冬舎/税抜き1200円)

 帰省や夏休みなど、家族が顔を合わせる機会が多くなるのが夏だ。ほのぼのとしたマンガで多くの女性読者を持つ益田ミリ。心安らぐ『きみの隣りで』は書き下ろし。森のある郊外の町で、夫と1児の息子を持つ翻訳家の早川さん。彼女をメインに、教師のマユミ、旅行会社勤務のせっちゃんが仲良し3人組だ。植物にくわしい早川さんは、息子の太郎とよく森に出かける。木や花の話をしながら、「『教えてあげたい人』が太郎の大好きな人なんだよ」とさりげなく言う。親子の時間がいとおしくなる。

◆『愛の棘』島尾ミホ・著(幻戯書房/税抜き2800円)

 島尾ミホのエッセー集『愛の棘』(幻戯書房)のタイトルは、夫・島尾敏雄の代表作『死の棘』を踏んでいる。戦局悪化する昭和19年末、加計呂麻(かけろま)島の国民学校で教師をしていたミホは、軍服姿も凜々(りり)しい青年中尉・島尾敏雄と出会い、恋に落ちる。二人の子を得て、東京で作家生活をする夫は愛人を作り、それを許さぬ妻との間に繰り広げられた死闘が『死の棘』となった。本書は、その出会いから「愛の棘」となる背景など、愛の試練が描かれ、夫婦とは何かを深く考えさせられる。

◆『昭和の親が教えてくれたこと』森まゆみ・著(大和書房/税抜き1500円)

 森まゆみ『昭和の親が教えてくれたこと』(大和書房)は、昭和30年代の一家族の姿を伝えるエッセー。地域雑誌『谷中・根津・千駄木』の編集人としても知られる著者は、親からのしつけや教えを大事に覚えている。包装紙や紐(ひも)を捨てずに保管し、「もったいない」が口ぐせだった祖母。ミッションスクール出でハイカラな母は、「仏教徒でもあり、神様も信じる」派で、著者も「万物に精霊が宿る」と考えるようになった。「たたみのへりはふんではいけない」「必ずいただきますとごちそうさまをいえ」など、家族の中の決まりがあった。つつましく潔い生き方が、今懐かしい。

◆『母の母、その彼方に』四方田犬彦・著(新潮社/税抜き1900円)

 評論家・四方田(よもた)犬彦の祖父は、著名な人権弁護士として財を成す。その妻、つまり祖母は美食家として記憶に残る。しかし、もう一人、先妻となる祖母がいたことを知る。『母の母、その彼方に』(新潮社)は、明治まで遡(さかのぼ)り、一族の女たちの歴史を追ったノンフィクション。大勢の使用人を抱える箕面(みのお)のお屋敷を守った祖母、その娘で、阪神間モダニズムの申し子として育った母と、華やかな家族史。

  ◇じっくりと長編に挑戦

◆『記憶の渚にて』白石一文・著(角川書店/税抜き1700円)

 多忙を言い訳に、日ごろ手を引っ込めがちな長編小説も、思いがけず生まれた夏の長い一日、ビール片手にひたりたい。まずは読みごたえ十分の白石一文『記憶の渚にて』の900枚がおすすめ。石鹸(せつけん)会社を立ち上げ成功した「私」には、5歳上の兄がいて、彼は世界的ベストセラー作家だった。その兄が54歳で謎の自死を遂げたところから物語が始まる。兄が遺(のこ)した総合雑誌に発表した「ターナーの心」は、随筆ながら嘘(うそ)だらけ。死の謎の背後にある新興宗教の存在、パソコンに残っていた「ホホジロザメ」からのメール。何もかも不確かな記憶の向こうに、読者の想像を裏切る、大掛かりな謎がある。

◆『ブロッケンの悪魔』樋口明雄・著(角川春樹事務所/税抜き1800円)

 猛暑が予想される今夏を、冷え冷えとさせてくれそうなのが、樋口明雄『ブロッケンの悪魔』(角川春樹事務所)だ。なにしろ、舞台は日本第2の高峰、南アルプス「北岳」。ここにある山荘を、訓練された武装テロリスト集団が占拠、ミサイルによる毒ガス攻撃で首都を人質にし、国家相手に要求をつきつける。南アルプスの安全を守る山岳救助隊が、誇りを懸けて、この危険な相手に丸腰で立ち向かう。念入りのサスペンスが、肝を冷やしてくれるだろう。

◆『犬死伝(いぬじにでん)』小嵐九八郎・著(講談社/税抜き1900円)

 幕末ものに目がない読者は必読。『犬死伝(いぬじにでん)』(講談社)は、小嵐九八郎(こあらしくはちろう)による書き下ろし時代長編。主人公の相楽総三(さがらそうぞう)は、江戸赤坂の郷士の家に生まれ、農民のために「赤報隊」を結成、尊王攘夷の先鋒(せんぽう)に立つ。しかし、激動する歴史の皮肉が彼に「偽官軍」の汚名を着せる。「負けや、失敗や、汚名は、次を生む。喜んで求め、受け、次の糧にせねばならぬ」。負けて、力つきてなお清々(すがすが)しいヒーロー像を、著者はここに作り上げた。

◆『眩(くらら)』朝井まかて・著(新潮社/税抜き1700円)

 朝井まかて『眩(くらら)』(新潮社)は、葛飾北斎とその娘・応為(おうい)(お栄)という、ある意味史上最強の父娘を描く。胡座(あぐら)の中に幼い娘を座らせ、絵を描く父親。その筆を握ろうとした娘に手渡したところ、まだろくに口もきけぬ娘は、嬉(うれ)しさに「眩々(くらくら)した」。その娘が、女だてらに工房に入り、絵筆しか持たず、火事が大好きという変わり者になる。著者は、光と色の表現を追い続けた女絵師を「江戸のレンブラント」として描き切る。

  ◇懐かしき昭和にひたる

◆『花森安治の青春』馬場マコト・著(潮文庫/税抜き680円)

 NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」も、ついに戦後に入り、念願の雑誌作りに着手するところまできた。このドラマのモデルとなったのが、昭和の国民的雑誌『暮しの手帖』を生み、育てた大橋鎭子(しずこ)。そして名編集長の花森安治。馬場マコト『花森安治の青春』は、花森の若き日の姿にたっぷり筆が費やされる。帝大新聞の編集、レイアウトに手腕を発揮し、戦中は翼賛運動の宣伝技術家として活動したことが、心の傷となる。「女性が真ん中の暮しさえできれば、戦争は起こらない」。大橋からの影響が、『暮しの手帖』に結実したことが、これでよくわかるのだ。

◆『漫画は戦争を忘れない』石子順・著(新日本出版/税抜き1900円)

 貝塚ひろし『ゼロ戦レッド』、ちばてつや『紫電改のタカ』、辻なおき『0戦はやと』など、敗戦後の平和を迎えても、少年マンガ誌には、戦争マンガが溢(あふ)れていた。石子順『漫画は戦争を忘れない』(新日本出版社)は、マンガという表現ジャンルが、いかに戦争の実態と本質を描いてきたかを考察する。膨大な作品群と向き合いながら、原爆、沖縄、引き揚げ、反戦と平和について検証。「戦争漫画にこだわるのは、その一つ一つに描きこまれた生と死、とりわけ命が失われていくさま」に、「痛みを感じ、涙をおぼえるからだ」と著者は書く。

◆『ボクシングと大東亜』乗松優・著(忘羊社/税抜き2200円)

 1955年、日本テレビが中継した白井対ペレスの東洋選手権は、テレビ史上最高視聴率の96.1%を記録した。敗戦後の復興期、日本人の血をもっとも湧かせたのが、ボクシングであった。乗松優『ボクシングと大東亜』(忘羊社)は、ボクシング先進国だったフィリピンと、国交断絶の間柄ながら、戦後、国際スポーツ興行の成立過程を明らかにする。東洋選手権を開催したロッペ・サリエルと新興ヤクザの瓦井孝房。テレビと興行を結びつけたメディア王・正力松太郎、昭和の妖怪宰相・岸信介と、男たちが駆け抜けたもう一つの昭和史が、ここに熱っぽく展開する。

◆『イラスト見る 昭和の消えた仕事図鑑』澤宮優・文/平野恵理子・イラスト(原書房/税抜き2200円)

 IT産業といわれても、仕事の実態は見えてこない。澤宮優の文、平野恵理子のイラストによる『昭和の消えた仕事図鑑』(原書房)を開くと、昭和の匂いがする仕事が、続々と飛び出す。赤帽、新聞社伝書鳩係、ポン菓子屋、泣きばい、羅宇屋と、平成生まれの若者には、説明が難しい仕事が満載。ここには「人間の匂いと体温があった」との著者のことばに納得だ。

眺めて楽しむビジュアル本

◆『庭のマロニエ アンネ・フランクを見つめた木』ジェフ・ゴッテスフェルド/文、ピーター・マッカーティ/絵(評論社/税抜き1300円)

 せめて8月ぐらいは、親子で戦争について考えたい。そんな気にさせてくれるのがジェフ・ゴッテスフェルド文、ピーター・マッカーティ絵(松川真弓訳)による絵本『庭のマロニエ』だ。副題は「アンネ・フランクを見つめた木」。裏庭に生えた一本のマロニエの木が語る、ある少女の物語。笑い、遊び、走る少女の姿を見るのが好きだったマロニエが、ある日から少女が姿を消したのを知る。一家で隠れ家に潜(ひそ)み2年目、初めてキスした春。マロニエはみごとな花を咲かせた。しかし……。マッカーティの絵は、モノクロながら、奥行きのある世界を描き出す。

◆『サンドイッチの時間』渡辺有子・著(マガジンハウス/税抜き1400円)

 渡辺有子『サンドイッチの時間』(マガジンハウス)は、今まで知らなかった多彩な具材を組み合わせて、新しいサンドイッチ世界の窓を開く。きゅうり+ディル+はちみつマスタードをパンに挟んだ一品は、彩りもきれい。スモークサーモン+ヨーグルトクリームチーズ+ディル+食パンは、男性でも簡単にできて、ビールやワインにも合いそう。カラー写真がどれもきれいで食欲が増す。

◆『東京戦後地図 ヤミ市跡を歩く』藤木TDC・著(実業之日本社/税抜き2400円)

 東京・吉祥寺の「ハモニカ横丁」は、いまや観光資源となるほど集客力がある。しかし、あれこそ、敗戦後の焼け跡に、雑草のごとく生まれた「ヤミ市」の名残なのだ。藤木TDC『東京戦後地図 ヤミ市跡を歩く』(実業之日本社)は、戦後復興のエネルギーの象徴である「ヤミ市」が、その後、いかに変容、消滅、維持されたかを、各種都市地図と写真から観察する。サラリーマンでにぎわう新橋駅前「ニュー新橋ビル」は、その敷地の大部分が「新生マーケット」と呼ばれる「ヤミ市」だった。上野「アメ横」、新宿「思い出横丁」、大井町の飲食街など、戦後が透けて見える場所がまだまだある。

◆『ときめく化石図鑑』土屋香・著/土屋健・監修(山と溪谷社/税抜き1600円)

 土屋香(土屋健監修)『ときめく化石図鑑』(山と溪谷社)も、冷房の効いた部屋で、何も考えず、ページをめくりたい。化石は三葉虫やアンモナイトだけじゃない。動物、昆虫、植物、さらに恐竜の糞(ふん)と、多種多様な世界がそこにある。「化石は過去と私たちとの架け橋」だと著者は言う。カラー写真を眺めているだけで、気分は「ジュラシック・パーク」だ。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』など

<サンデー毎日 2016年8月4・21日合併号より>

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