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戦争の現実

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71年・忘れ得ぬ/5 沖縄戦の軍司令部勤務・木本勇さん /滋賀

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資料を手に沖縄戦を振り返る木本勇さん=大津市の自宅で、大原一城撮影
資料を手に沖縄戦を振り返る木本勇さん=大津市の自宅で、大原一城撮影

無数の遺体、悲しい戦い 「生きて帰りたい」一心で 木本勇さん(94)=大津市

 民間人を含め約20万人が犠牲になった沖縄戦で、軍司令部に所属。弾が雨のように降る中、数え切れない遺体の山を見た。「たくさんの人がひどい死に方をした。悲しい戦いだった」とつくづく思う。

 滋賀県職員のまま1944年に召集を受け、上海で軍隊と合流し、8月に沖縄へ。陸軍第32軍司令部副官部の勤務となった。当初は沖縄本島中央部の安里(あさと)(那覇市)に司令部があった。現地には慰安所も設けられ、いつも20人ほどが列を作っていたのを見聞きした。任務は事務作業だが、平穏は長く続かなかった。

 45年4月、米軍が沖縄に上陸。司令部は首里に移ったが、防衛線は間もなく突破され、米軍の猛攻が一気に迫った。首里は低空からの機銃掃射で壊滅し、司令部は広大な首里城地下壕(ごう)に逃げ込んだ。弾丸に屋根瓦も飛ぶ中、60キロの米袋を運ぶよう命じられ、壕と城の保管庫を往復した。「いつ弾が当たるか分からない。死にものぐるいだった」

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