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戦の跡

本土決戦のイフ/1 電探基地 米軍機来襲を察知 上陸に備え防衛目指す /鹿児島

 太平洋戦争末期、米軍による全国の都市への空襲は、執拗(しつよう)を極めた。1945年11月1日に予定されていた南九州上陸(オリンピック作戦)を前に、本土に残存していた戦力、生産力、インフラに対して徹底的なダメージを与えるのがその目的の一つだった。各地で多くの人命や物が空襲のために失われたが、日本側はレーダー基地を各地につくり、空襲の事前察知と防衛を目指していた。

 険しい山道が開けると、ふいに八角形のコンクリート台が出現した。薩摩半島の南端近く、南さつま市坊津町の車岳(357メートル)の頂上付近。今年7月、猛暑の中、険しい登山道を木々に結ばれた赤いひもを頼りに数十分かけて登った。

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