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漫画で解説

昭和のクイズ番組の巻

大橋巨泉さん他界 良質の娯楽を生み出したテレビ司会者たち

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大橋巨泉さんが2016年7月12日に死去しました。 どんな人だったのでしょうか。 1960~80年代にかけて、テレビ番組の名司会者として人気でした。 お色気路線の中に政治や経済への批判も盛り込んだ深夜番組「11PM」。 クイズを基調に良質な娯楽を提供した「クイズダービー」や「世界まるごとHOWマッチ」。 「クイズダービー」は1976~92年にTBS系で放送されました。 誰が正解するかを3組の出場者が予想して、3000点の持ち点の中から点をかける仕組みです。 解答者を「競走馬」に見立てたところが、競馬好きの巨泉さんらしい番組でした。
あの頃は家族みんなでクイズ番組を見たものだ、と文太は言います。 司会者と解答者のやり取りも楽しみの一つでした。 他にはどんな番組があったのでしょうか。 故愛川欣也さんと楠田枝里子さんが司会を務めた「なるほど!ザ・ワールド」(1981~96年、フジ系)。 不正解だと、キンキンに「はい消えた!」と解答者の前にある台をたたかれ、バツ印を付けられました。 鈴木健二アナウンサーが「主任教授」として出題する「クイズ面白ゼミナール」(1981~88年)。 ヒントから連想して解答する「連想ゲーム」(1969~91年)など、NHKの番組も高視聴率をマークしました。 「面白ゼミナール」の最高視聴率は42.2%、「連想ゲーム」は38.2%を記録しました。 久米宏さんらが司会を務めた「ぴったしカン・カン」、関口宏さんの「クイズ・100人に聞きました」も盛り上がりました。両方ともTBS系です。 一般の人がクイズに参加する番組もありました。
現在も放送中の「アタック25」(1975年~、ANN系)は、俳優の児玉清さんが亡くなる直前まで36年間司会を務めました。 年3、4回の予選会には毎回約2万通も応募があるそうです。 「アメリカ横断ウルトラクイズ」(1977~92、98年、日本テレビ系)は一般参加クイズの頂点とも言える番組でした。 後楽園球場(後に東京ドーム)での予選を経て、約1カ月かけて決勝のニューヨークを目指します。 福留功男アナウンサーの「ニューヨークへ行きたいか-!」のかけ声が有名でした。 「知力、体力、時の運」をキャッチフレーズに、趣向を凝らしたクイズと参加者のドキュメンタリーとしても人気がありましたが、 視聴率低迷や制作費高騰で一般参加タイプのクイズ番組自体が消えてしまいました。
一般の人の秘密を当てる「私の秘密」(1955~67年、NHK)というクイズ番組がありました。 第1回の出題は何だったでしょうか? 正解は「私たち明日結婚します」。 ごく普通の人の幸せが娯楽だったんですね。 時代は変わったものです。 一般の人がテレビに出る機会が増えたし、賞品の定番だった海外旅行は もう憧れの的とは言えないでしょう。 テレビ局としても、素人より芸能人を使った方が番組を作りやすいからかもしれません。 自分もいつか参加できるかも、とテレビを見る楽しみは減ってしまったようです。 「喫茶サクライ」のメニューをクイズ形式で書いたらどうでしょう? 文太の思いつき、千鶴は「お客さんが困るでしょ!」と却下です。

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