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岡崎 武志・評『私は女優』『アウシュヴィッツの図書係』ほか

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◆『私は女優』浅丘ルリ子・著(日本経済新聞出版社/税抜き1700円)

 1950年代半ばから60年代末、ちょうど高度成長期に、東京・調布に夢の工場があった。裕ちゃん、アキラ、ジョー……彼らの青春は日本の青春でもあった。

 そんなヒーローたちを相手したヒロインが浅丘ルリ子。『私は女優』は、生い立ちから現在まで、輝かしい女優人生を語る。満州生まれの引き揚げ者。神田のガード下で育ち、中2で芸能界デビュー。

 日活黄金期の怒濤(どとう)のような日々は、エピソードに事欠かない。むしろ、「男はつらいよ」のリリー役は、「当時の私に必要だった勇気や自信や夢を与えてくれた」と、驚くほど率直な語り口に、著者の人間性を見る。女優である前に素(す)敵(てき)な女性なのだ。

 そして多くの別れがあった。親しかった石原裕次郎、美空ひばりが共に52歳で逝った。その若さと喪失の大きさに改めて愕然(がく ぜん)とする。山田洋次インタビュー、高橋英樹、近藤正臣との対談も収録。巻末には出演作品の一覧も付し、ファン必携の宝物だ。

◆『アウシュヴィッツの図書係』アントニオ・G・イトゥルベ/著(集英社/税抜き2200円)

 ご承知の通り、第二次大戦末期のドイツに、史上最悪の「人の命は虫けらほどの価値もない」絶滅収容所があった。アントニオ・G・イトゥルベ(小原京子訳)『アウシュヴィッツの図書係』は、絶望を描きつつ希望へ繋(つな)ぐ力作。

 生きることも禁じられた収容所に、ナチスの監視や検査をかいくぐって、たった8冊だが、図書館が秘(ひそ)かに作られた。その図書係を務めたのが、14歳の少女ディタだった。囚人たちは、それを借り出し、絶望の縁(ふち)にかろうじて「知」の灯(あか)りを点(とも)していた。

 「本はとても危険だ。ものを考えることを促すからだ」。ナチスが読書を禁じた理由がそれだ。地図帳、幾何学の基礎、H・G・ウェルズ、フロイト、ロシア語文法の本などを通じて、囚人たちは「考える」ことをやめなかった。

 驚くべきは、これが事実に基づく小説であり、実在するディタはその後生き延びていた。著者は実話を巧みに脚色し、一人の少女を通し、読書の意味と力を教える。

◆『ビートルズを観た!』野口淳・藤本国彦/編、福岡耕造/写真(株式会社音楽出版社/税抜き2000円)

 今年はビートルズ来日50年、ずいぶんその名前を目にした。しかし、野口淳・藤本国彦編、福岡耕造写真『ビートルズを観た!』は、実際に、あの武道館公演を観た人だけによるレア本。チケット、パンフ、写真集などの資料類や関係者の証言はもちろん、一般のファンによる回想や、一点ものと思われる写真やサインも続々登場する。日本公演テレビ放送用の台本の完全公開までくると、マニアック過ぎてただ唸(うな)るだけ。ほとんど神の降臨に近い衝撃と感動があったことが、本書でよ〜くわかる。

◆『天使は本棚に住んでいる』吉野朔実・著(本の雑誌社/税抜き1300円)

 今年4月の吉野朔実急逝の報は少女漫画界を驚かせるとともに、本好きを嘆かせた。『本の雑誌』に長期連載された、読書をテーマとした漫画「吉野朔実劇場」シリーズは、洒脱(しやだつ)で美しい線とユーモアで、幅広い分野の本を巧みに紹介し、ファンが多かった。このたび、最後の連載に他誌掲載分を合わせ『天使は本棚に住んでいる』と題されてまとまった。同時に、過去のシリーズ全8冊に未収録を加えた増補版『吉野朔実は本が大好き』も出た。我々は嘆く前に、吉野朔実を再び読むしかない。

◆『戦艦武蔵』一ノ瀬俊也・著(中公新書/税抜き860円)

 『戦艦武蔵』が2015年にフィリピン沖の海底で発見され、大きな話題となった。1942年に完成、44年沈没という短命の巨艦は、同じ戦艦「大和」に比べれば陰のような存在だ。日本近現代史、とくに戦史を専門とする一ノ瀬俊也は、忘れられた戦艦を、さまざまな資料を駆使して再び浮かび上がらせる。武蔵の需要を、「戦後日本の戦争伝説、物語の歴史」の中に見据え、脚光を浴びる大和と比べながら、その存在意義を検証していく。生き残った武蔵乗務員たちの語りが胸を衝(つ)く。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』など

<サンデー毎日 2016年9月4日号より>

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