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著者インタビュー 鈴木大介 『脳が壊れた』

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病気になって、前よりずっと取材対象者の気持ちがわかった

◆『脳が壊れた』鈴木大介・著(新潮新書/税抜き760円)

「このしゃべりにくさを表現するなら、ゆで卵をのみ込みかけて詰まった息苦しさ。日によって波はあるのですが、これでもマシになりました」

 41歳で右脳に脳梗塞(こうそく)を発症した鈴木大介さん。いまも高次脳機能障害という後遺症を負っている。その発症直前から病後七カ月くらいまでを振り返り、闘病ルポ『脳が壊れた』をまとめた。これまで、居場所のない弱者に目を向けて貧困や犯罪の現場を取材してきた鈴木さんが、初めて自分自身を客観的かつ克明に観察したわけだ。

 すると、ん? 脳の損傷、麻痺(まひ)、後遺症など笑いごとではない事態が説明されているのに、申し訳ないと思いつつ、つい噴き出してしまう場面も。

「ノンフィクションを書いているときは、なるべく自分を出さないように意識していますが、本来のパーソナリティーを反映すると、こちらが近いんですよね。深刻になりきれない」

 軽く流しているが、実際に彼の身に起きた変化はすさまじい。たとえば、左側への注意が持続できないために、左側の人やモノが突如現れたり消えたりするホラーな現象を起こす「半側空間無視」。肝心のすべきことにたどり着けない「注意欠陥」。明らかに厄介そうなそうした症状だけでなく、本が読めない、小銭が数えられない、人と相対してもメンチを切るように視線がナナメに外れてしまったままになるなど、副次的な問題も抱えた。

 中でも大変だったのが「感情失禁」。要は、脳のコントロールが利かず、感情がだだ漏れる。

「回復期の最初のころは、それを感動的に感じたんです。人間の脳はすごいなと。ところが退院して日常の生活に放り込まれてみると、『これもあれもできないかも』と不安も募ってくる。あらゆるプラスとマイナスの感情が一緒くたにきて抑制が利かないので、すごく疲れます」

 にもかかわらず、筆致はどこか明るい。本人曰(いわ)く「筆が滑っている」が、そのノーブレーキさに逆にほろりときてしまう。特に心を揺さぶられるのは、妻・千夏さんとの関わり。そして義母に感謝を伝える場面だ。

「思いが爆発して滂沱(ぼうだ)の涙を流す僕に、義母が、いろいろ話をしてくるんですね。倒れたとき、千夏がどういう顔をしていたかとか。あれは明らかに、僕をいじって楽しんでた(笑)」

 ところで鈴木さんは、執筆中にあることに気づいたという。

「自分の症状にびっくりするほどの既視感がありました。過去に取材した相手と、僕が同じふるまいをしていたからです。そういう人たちのつらさや生きにくさを、本当に身をもってわかったのは僥倖(ぎようこう)。『至らなかった』と後悔を伴う僥倖ですけどね」

 病気に見舞われたことさえ、自分の武器になったと受け入れる強さ。器がデカい人なのだ。

「高次脳障害って、初期の認知症と似ているんです。パートナーが認知症になって、失われつつあるパーソナリティーを目の当たりにする健常者は、同じような喪失感、苦しみを抱えることになります。そういう状況に陥ったとき、寄り添っていくための素材として読んでもらってもいいかもしれないですね」

(構成・三浦天紗子)

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すずき・だいすけ

 1973年、千葉県生まれ。ルポライター。家出少女、貧困層の若者など、社会からこぼれ落ちた人々を取材対象とする。コミック『ギャングース』ではストーリーを共同制作。著書に『最貧困女子』など

<サンデー毎日 2016年9月4日号より>

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