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最後の労働者「玉三郎」逝く(その2止) 「寄せ場」沸かせる舞

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末期の食道がんで入院していた大学病院から山谷のホスピス「きぼうのいえ」へ移り、安心した表情を見せる玉ちゃん。壁には元気だった頃の写真や仲間からのメッセージが飾られていた=中村藍撮影
末期の食道がんで入院していた大学病院から山谷のホスピス「きぼうのいえ」へ移り、安心した表情を見せる玉ちゃん。壁には元気だった頃の写真や仲間からのメッセージが飾られていた=中村藍撮影

 

 ◆山谷玉三郎の生涯

家業から逃れ漂着

 頬の肉はそげ落ち、きゃしゃな体がいっそう小さく見えた。6月14日、通称・山谷玉三郎(さんやのたまさぶろう)さん(66)が余命3カ月と宣告されたと聞き、東京都内の大学病院を見舞った。「玉ちゃん、来たよ」。呼びかけると、かすれ声で「もうすぐ夏祭りだよ」とつぶやいた。「山谷に帰りたい?」と尋ねると、「帰りたいねえ」と目を閉じ、そのまま眠りに落ちた。

 玉ちゃんを知ったのは1999年。バブルはとうにはじけ、東京・山谷は仕事にあぶれる人が増えていた。都内の野宿者はこの年、ピークの5798人に達する。当時、記者に転職する前の私が、日雇いの「寄せ場」とされる山谷を訪れたのは、「社会の最底辺」といわれる場所を見てみたいという好奇心からだった。排せつ物でズボンを汚し、路上に倒れている人がいた。大半は40〜50代だろう。「懸命に働いて日本の経済成長を支えた…

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