SUNDAY LIBRARY

岡崎 武志・評『人間晩年図巻1995−99年』『緑衣の女』ほか

  • はてなブックマーク
  • メール
  • 印刷

◆『人間晩年図巻1995−99年』関川夏央・著(岩波書店/税抜き1900円)

 何もかも不平等な世の中で、唯一平等なのが「死」で、誰もが100%死ぬ。その総仕上げたる「晩年」に着目したのが、関川夏央『人間晩年図巻1995−99年』だ。

 95年には金子信雄、テレサ・テン、96年には横山やすし、司馬遼太郎、金丸信が、この世を退場した。著者によれば、司馬は晩年、オウム事件のあと「しばしば怒りを発している」と言う。「史上最高の歴史青春小説の書き手」が、その晩年、「強烈な『憂国』の思い」を抱いて生きた。

 97年に36歳の若さで交通事故死した元英国皇太子妃ダイアナ。「神々しいまでに美しかった」が、生死を分けたのは「シートベルト」だった。同乗の男性が助かったのは着用していたから。「シートベルトなしの悲劇」だったと、この本で知る。

 騒然とした劇的変化の時代、彼らは「晩年」を生きた。「逝くものは斯くの如きか、昼夜を舎(や)めず」と著者は「あとがき」に書く。「死」もまた尊い。

◆『緑衣の女』アーナルデュル・インドリダソン/著(創元推理文庫/税抜き1100円)

 眠れぬ暑い夜、ベッドに持ち込んで読みたいのが、アーナルデュル・インドリダソン『緑衣の女』(柳沢由実子訳)。大ベストセラーの前作『湿地』に続く、レイキャヴィクを舞台とした、北欧ミステリー長編だ。

 郊外の新興住宅地で地中から発見された骨が事件の発端。妻子と別れ、独り暮らしのしがない捜査官エーレンデュルとそのチームが、凍り付くような暗い過去を遡(さかのぼ)る。人骨のほか、壮絶な虐待、ヘロイン中毒と、北欧が抱える社会の闇も暴かれるのが読みどころ。

 白骨発見現場に不自然に生えたスグリの木、そして遠い過去にそこで目撃された「緑衣の女」。二つの時代層が、地道な捜査を重ねるうちに、やがて交差し、身も凍る戦慄(せんりつ)が待ち受ける。

 首都に流れ込んだ大量の移住者は「暮らしの根っこを失い、先祖の繋(つな)がりもなく、明日の暮らしも見えずあくせくして暮らしている」という箇所を読むと、極めて今日的問題を衝(つ)いた作品と言える。

◆『日本懐かしジュース大全』清水りょうこ・著(辰巳出版/税抜き1200円)

 コインを入れ、ボタンを押すとガラガラゴトンと落ちてきた瓶のチェリオ。喉を潤す以上の快感があった。清水りょうこ『日本懐かしジュース大全』は、今や懐かしい缶や瓶の飲料を、カラー図像で総覧する。食堂やレストランで飲んだバヤリースオレンジ。ファンタグレープは「口の中を紫色にしていた」は、本当にそうだったなあ。チェリオがじつは無果汁だった、とは裏切られた気分だ。現在「コーヒー牛乳」と名乗れない理由など、知ってどうなるという無駄にうれしい知識も満載だ。

◆『おかしな男 渥美清』小林信彦・著(ちくま文庫/税抜き950円)

 1996年8月に亡くなった渥美清の、今年は没後20年に当たる。BSはじめ、各テレビ局が特別番組を組んで、「寅さん」で国民的人気を得た俳優を悼んでいる。『おかしな男 渥美清』の著者・小林信彦は、若き日、実際に親密なつき合いをした。たっぷりのエピソードを交え、本名・田所康雄と渥美清、そして寅さんとの三角形にある虚実を描く。「まちがっても善人ではない。ここぞという時は非情なまでに自己を押し通す」若き日の姿など、誰も知らない素顔に触れた決定版だ。

◆『ブラボ−メキシコ、静かなる光と時』マヌエル・アルバレス・ブラボ/著(クレヴィス/税抜き2315円)

 『ブラボ−メキシコ、静かなる光と時』は、メキシコの世界的写真家、マヌエル・アルバレス・ブラボ(1902〜2002)の仕事と生涯をまとめた写真集。革命と動乱の20世紀を生き、町や村、人々の表情や生活を写し撮ったブラボ。「一貫して独自の静けさと詩情をたたえた」作品が、ページをめくるたび、目をくぎ付けにする。フリーダ・カーロ、シケイロス、エイゼンシュテインなどの、独特な肖像写真も貴重だ。樹木や自然、女の裸体に視線が傾斜した晩年の作品群はじつに美しい。

−−−−−

岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』など

<サンデー毎日 2016年9月11日増大号より>

あわせて読みたい

注目の特集