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岡崎 武志・評『ワインの染みがついた…』『紀元2600年のテレビドラマ』ほか

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今週の新刊

◆『ワインの染みがついたノートからの断片』チャールズ・ブコウスキー/著(青土社/税抜き3200円)

 1990年代、次々と著作が日本で翻訳出版され、ブームとなった作家がチャールズ・ブコウスキー。酒、女、放浪と無頼な人生を、そのまま詩や文章にして人気を博すも、94年に没し、すでに二十数年が過ぎた。

 このたび、未収録・未公開の作品集が、中川五郎の手により訳出。『ワインの染みがついたノートからの断片』は、ブコウスキー久々の「新作」ということになる。中年になるのに定職がなく、「クラッカーの箱のような」部屋の家賃にもこと欠く日々。

 彼の目に映るのは、自分を含め、社会の底辺でのたうつ敗者たちだ。「恐らく人が手に入れた最も素晴らしいことは死ぬことができるということ」などと悪態をつきながら、視線はつねにピュアでチャーミング。

 四文字言葉をはじめ、俗語を駆使し、彼の文章は行儀が悪い。しかし、本質は詩人なのだ。その曇りない詩魂が息づく「断片」に、ブコウスキーは健在だ。

◆『紀元2600年のテレビドラマ』森田創・著(講談社/税抜き1600円)

 森田創『紀元2600年のテレビドラマ』は、テレビ創成期を克明につづる傑作ノンフィクション。1926年12月25日、大正最後の日に、高柳健次郎が受像実験に成功、ブラウン管に「イ」の字が映し出された。

 本書はテレビ開発の奮闘記から始まり、日米開戦まで国家プロジェクトとしてテレビ実用化を推進した裏舞台を克明に取材している。その過程で生まれたのが、日本初のテレビドラマであった。それが紀元2600年、昭和15年のこと。

 紀元節奉祝に沸く運命の年、たった12分のドラマ「夕餉前(ゆうげまえ)」は生で実験放送された。出演者は3人。すき焼きを用意し、母の帰宅を待つ適齢期の兄妹を描く内容で、男優は野々村潔。岩下志麻の父親であった。強い照明に髪の毛は焦げ、衣服から煙が!

 日米開戦の「その日」まで、技術者や、NHKの若きディレクターたち(坂本朝一(ともかず)など)の格闘は続いた。12分の日本初ドラマ以上にドラマチックな内容である。

◆『銭湯』町田忍・著(ミネルヴァ書房/税抜き1800円)

 街に増えるのはコンビニとケータイショップ。減るのは本屋、たばこ屋、米屋にそして銭湯。最盛期、全国に2万軒ほどあったのが、いまや4000軒を切ったという。町田忍『銭湯』は、その発生と歴史から地域性、全国名銭湯巡りと、庶民の社交場を徹底的に調査、報告する。町のランドマークだった煙突、神社仏閣のような建築は東京の特徴、富士山を代表とするペンキ絵の現状、懐かしのケロリン桶(おけ)と、著者の関心は全方位に向けられ、そのありがたさが身に沁(し)みる。

◆『猫』石田孫太郎・著(河出文庫/税抜き660円)

 日本で猫について書かれた本は多いが、その嚆矢(こうし)ともいうべきが石田孫太郎『猫』。1910年に刊行。なんと100年以上前の本だ。養蚕研究を本業としながら、猫愛ぶりが過熱し、この本が書かれた。猫辞典、俳句に詠まれた猫など、百科全書的読本となっている。「妙な手付きをしたり、上になり、下になりして、戯(じや)れ廻るところの愛らしさ実に言語に絶する」と猫っ可愛がりぶりがユーモラス。巻末収録の「絶筆 虎猫平太郎」は、著者の死去により未完に終わった。最後まで猫、だった。

◆『生きてるぜ! ロックスターの健康長寿力』大森庸雄・著(PHP新書/税抜き820円)

 ドラッグにアルコールと、ロックスターの生き方は短命を約束すると思われたが、ミック・ジャガーは御年70歳超え。ポール・マッカートニーも75歳と聞いてびっくり。意外に長生き。大森庸雄『生きてるぜ! ロックスターの健康長寿力』は、大御所スターたちの健康法、アンチエイジング術を開陳、生涯現役を続ける若さの秘訣(ひけつ)を学ぶ。ポールは、前妻リンダの影響でベジタリアンに、ロッド・スチュワートは、スポーツトレーニングを欠かさない。何か、裏切られたような……。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』など

<サンデー毎日 2016年9月18日号より>

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