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岡崎 武志・評『イラストレーター 安西水丸』『中上健次集』ほか

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今週の新刊

◆『イラストレーター 安西水丸』安西水丸・著(クレヴィス/税抜き2500円)

 「子供の頃から絵を描くのが好きで、いつも絵を描いて遊んでいた」。その延長でイラスト、装丁、絵本、各種デザインと、多方面で活躍した安西水丸。亡くなってもう2年がたつ。

 『イラストレーター 安西水丸』は多彩な仕事ぶりを、全カラーページでふり返る作品集だ。初期漫画作品や、幼少期を過ごした千葉・千倉探訪記など、その魅力的世界を惜しまず収録、改めて、代わりのいない人だったと思う。

 ペン跡そのままに、ひどくあっさり引かれた線は、一見子供でも描けそうだが、やっぱり違う。帯背にある言葉「一本の水平線」でも安西水丸だとわかる。省筆の美学とでもいうべき、独自のタッチと空間把握がある。色遣いの鮮やかさも独擅場(どくせんじよう)だった。

 多くの仕事で組んだ村上春樹は、「絵を描くだけではなく、最初から最後まで、安西水丸という一人の人間を絵というかたちで表し続けていたのだという気がする」と書く。その通りだ。

◆『中上健次集』中上健次・著(インスクリプト/税抜き3600円)

 中上健次には、約20年前に集英社から出た全15巻の全集がすでにある。しかし、いま再び、その仕事を問い直す全10巻の『中上健次集』が刊行中。

 最新の第八回配本・第四巻「紀州、物語の系譜、他二十二篇」は、初の活字化、初の単行本化を含む、ノンフィクションを収める。どの一行半句にも、いまどきのスマートな作家にはない、熱き血がにえたぎるようだ。

 「紀州とは、いまひとつの国である気がする」。そう書きつつ、自らのルーツであり、終生、物語の源泉としてこだわった地を半年かけて巡った。懐かしさをたどる凡庸な紀行文などではない。頭ではなく、臓腑(ぞうふ)と身体で感受しようとした清算の書だ。

 「物語の系譜」では、佐藤春夫、谷崎潤一郎、上田秋成、折口信夫(しのぶ)、円地文子を取り上げ、論じる。自身の体験に引きつけ、作家生成に迫る、文芸批評家には書けない、生々しい作家論。次の配本(最終回)は、本年12月の予定。

◆『「考古学エレジー」の唄が聞こえる』澤宮優・著(東海教育研究所/税抜き2300円)

 「あの娘は良家のお嬢さん おいらはしがない考古学徒」と、考古学に勤(いそ)しむ学生たちに歌い継がれた「唄」があった。背後には、70年代安保挫折の「哀歌」が重なる。澤宮優『「考古学エレジー」の唄が聞こえる』は、考古学の現場と発掘の歴史を、一つの唄で浮き彫りにする異色ノンフィクション。「考古学エレジー」の各地への伝播(でんぱ)拡散が、土器と似ているという。著者自身がかつて考古学に青春を懸けていたとあって、アプローチも考察も、念入りでドラマチックだ。

◆『漱石紀行文集』藤井淑禎・著(岩波文庫/税抜き700円)

 夏目漱石の憂鬱なロンドン留学体験はよく知られるが、ほかに満州、京都などを探訪し、文章を遺(のこ)していた。藤井淑禎編『漱石紀行文集』は、異郷の地での文豪の観察力、文明批評の目が垣間見られる。「満韓ところどころ」は、旧友で満鉄総裁である中村是公の招きで、明治42年秋に神戸から船で大連へ。日露戦争後、ロシアが撤退したあとの、西洋化したモダン都市・大連、そして日本に併合された韓国。時代のうねりとは別に、風物や人々への眼差(まなざ)しが的確で、いかにも漱石らしい。

◆『大本営発表』辻田真佐憲・著(幻冬舎新書/税抜き860円)

 今でも、デタラメな発表を揶揄(やゆ)してそう呼ぶ。辻田真佐憲『大本営発表』は、太平洋戦争の渦中、事実を隠蔽(いんぺい)し、「勝った、勝った」と情報を改竄(かいざん)、捏造(ねつぞう)した日本軍最高司令部のごまかしを精査、批判する。大本営発表によれば、連合軍の戦果を大幅に塗り替え、損失は極小に圧縮していた。それは表現にも表れ、撤退を「転進」、全滅は「玉砕」と美化されたのである。著者は各資料から破綻の原因を衝(つ)き、また、マスコミにも疑問の目を向ける。その病理と悲劇は、過去の話ではない。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』など

<サンデー毎日 2016年9月25日号より>

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