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説得力を増した「トリスタンとイゾルデ」再演 バイロイト音楽祭2016リポート(中)

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 バイロイト音楽祭2016のリポート第2回は昨年新制作され、今年再演された楽劇「トリスタンとイゾルデ」のステージについて報告します。

第1幕より=Bayreuther Festspiele(C)Enrico Nawrath
第1幕より=Bayreuther Festspiele(C)Enrico Nawrath

 昨年初お披露目された同音楽祭総監督のカタリーナ・ワーグナー演出によるプロダクション。指揮は昨年に続いて音楽監督のクリスティアン・ティーレマンが務め、キャストはイゾルデがエヴェリン・ヘルリツィウスからペトラ・ラングに交代した以外はほぼ同じ布陣で臨んだ。取材したのは8月13日の公演。

 バイロイト音楽祭では新制作したプロダクションを通常、4年ないしは5年連続で再演し、少しずつ手直しを施しながら完成度を高めていく。この「トリスタンとイゾルデ」は暗闇を基調に淡い光を駆使した幻想的な舞台で好評価を得たが、今年は昨年よりも少しステージ上の歌手の動きが大きくなったことでより分かりやすくなった感があり、ティーレマンの流麗でドラマティックな音楽作りと相まって、一層説得力を増したプロダクションにブラッシュアップされていた。

第1幕より=Bayreuther Festspiele(C)Enrico Nawrath 拡大
第1幕より=Bayreuther Festspiele(C)Enrico Nawrath

 第1幕はSF映画に登場するような階段と通路が組み合わされた無機質な未来工場のようなセット。トリスタンとイゾルデは「ほれ薬」の力を借りることなく、出会いから引かれ合っていることが示される。そんな2人が接近しようとするとセットの通路や階段がずれるなどして行く手を阻む。

 このセットは18世紀、イタリアの建築家で版画家としても活躍したジョヴァンニ・バティスタ・ピラネージの名作「(幻想の)牢獄」をモティーフに考案されたもの。作品制作当時、古代ローマに関する人々の概念を覆すほどの影響力を持った芸術だったそうで、ここにもカタリーナがこのプロダクションに込めたメッセージを象徴するキーワードが存在している。この幕のクライマックスであるトリスタンとイゾルデが「ほれ薬」を飲み合う場面で、2人は薬を飲まずに捨て、熱い抱擁を交わす。

第2幕より=Bayreuther Festspiele(C)Enrico Nawrath
第2幕より=Bayreuther Festspiele(C)Enrico Nawrath

 第2幕、トリスタンとイゾルデの密会の場面は刑務所や収容所の塀を連想させる高い囲いのような閉鎖空間の中で展開されていく。登場人物たちは、時おり大きなバネのような金属のおりに閉じ込められ自由を奪われる。高い囲いの上ではイゾルデの夫であるマルケ王とトリスタンの親友でありながら、トリスタンとイゾルデの不倫を密告するメロートの2人が看守のように逢瀬(おうせ)を監視している。ここでのポイントは、原作では人格者として描かれているマルケ王が陰湿で悪意の塊のような人物に置き換えられていることだ。不倫密会の現場に踏み込んだ後、トリスタンは騎士として潔くメロートの刃を受けるのではなく、リンチのように暴行された末にナイフで刺されて瀕死(ひんし)の重傷を負う。

第2幕より=Bayreuther Festspiele(C)Enrico Nawrath
第2幕より=Bayreuther Festspiele(C)Enrico Nawrath

 第3幕、重体のトリスタンがクルヴェナールに連れられて自らの領地であるブリュターニュの城に戻っている。この幕では登場人物たちは装置が全くない真っ暗闇に閉じ込められている。意識を取り戻したトリスタンの独白に合わせて、その脳裏に浮かぶイゾルデの幻影が、暗闇のあちらこちらにうっすらとした光に照らし出されて現れる。イリュージョンのごとく幻想的なシーンである。

第3幕より=Bayreuther Festspiele(C)Enrico Nawrath
第3幕より=Bayreuther Festspiele(C)Enrico Nawrath

 ティーレマンの音楽は昨年に比べるとこの指揮者の持ち味である濃密で大仰な表現がやや影を潜め、旋律線の美しさを際立たせた流麗な運びに変化していたことが印象に残った。テンポも心持ち速くなっていたように感じたが、物語に呼応しながら歌唱と緊密に絡み合い、高揚感を積み上げていくオペラ指揮者としての彼の手腕は相変わらずで、このプロダクションの〝主役〟であることを示す存在感を発揮していた。

第3幕より=Bayreuther Festspiele(C)Enrico Nawrath 拡大
第3幕より=Bayreuther Festspiele(C)Enrico Nawrath

 イゾルデ役のラングはこれまでブランゲーネを演じる機会が多く、筆者もこの役での彼女の素晴らしい歌唱と演技に接した経験が何度かある。それらの体験が脳裏に焼き付いているせいか、ラングにはイゾルデ役では不可欠の妖艶さがやや足りないように思えた。それはとりわけ第2幕において顕著であり、高音域になると今ひとつ声の伸びに欠ける場面も散見されたのも気になった。しかし、こうした彼女のキャラクターが第3幕のクライマックスでは、逆にプラスに作用していたのも事実である。少し冷めたような調子で歌われた「愛の死」。そして幕切れでイゾルデは息絶えることなく、マルケ王に促されてあっさりとトリスタンの遺体の傍らから離れていくのだが、情念を抑え静的な雰囲気をたたえたラングの表現はカタリーナ総監督の演出意図に寄り添ったものであったのかもしれない。

 トリスタン役はシュテファン・グールト、他のキャストはゲオルク・ツェペンフェルト(マルケ王)、イアン・パターソン(クルヴェナール)、クリスタ・マイヤー(ブランゲーネ)ほか。「パルジファル」でグルネマンツを好演し高い評価を得たツェペンフェルトが、ここでも演出意図に沿ったマルケ王像を巧みに表出させて、盛大な喝采を浴びていた。

(宮嶋 極)

公演データ

【バイロイト音楽祭2016 楽劇「トリスタンとイゾルデ」再演】

8月1日、5日、9日、13日、17日 22日 バイロイト祝祭劇場

指揮:クリスティアン・ティーレマン

演出:カタリーナ・ワーグナー

舞台:フランク・フィリップ・シュレーシュマン

   マティアス・リッパート

衣装:トマス・カイザー

照明:レイナード・トラウブ

ドラマトゥルギー:ダニエル・ヴィーバー

 

トリスタン:シュテファン・グールト

イゾルデ:ペトラ・ラング

マルケ王:ゲオルク・ツェペンフェルト

クルヴェナール:イアン・パターソン

メロート:ライムント・ノルト

ブランゲーネ:クリスタ・マイヤー

ほか

合唱::バイロイト祝祭合唱団

管弦楽:バイロイト祝祭管弦楽団

筆者プロフィル

 宮嶋 極(みやじま きわみ) スポーツニッポン新聞社勤務の傍ら音楽ジャーナリストとして活動。スポニチ紙面、ウェブにおける取材・執筆に加えて音楽専門誌での連載や公演プログラムへの寄稿、音楽専門チャンネルでの解説等も行っている。

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