メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

SUNDAY LIBRARY

著者インタビュー 内田洋子 『ロベルトからの手紙』

[PR]

どんな人のなかにも語りうる話があると思う

◆『ロベルトからの手紙』内田洋子・著(文藝春秋/税抜き1400円)

 かつて舞台女優だった人がヒールを脱いだ時、そこに現れた指。厄介な横断歩道を一緒に渡ってほしいと懇願してきた老女の骨張った膝下。まさに「足」の競技であるサッカーを熟知し、バールではフォカッチャと水しか口にしない十六歳の少年との交流。これは、足や靴、歩みなどをテーマに、出会った人々の鮮烈な記憶を綴(つづ)った本である。

「“目でモノを言う”と言いますが、モノを言う場所は他に色々あると思うんです。中でも足元まで気を配っている人には感嘆します。今回の本は、そこに絞って記憶を集めてみました」

 カバーにある足の彫刻が、雄弁にどんな本であるかを語っている。彫刻家・田島享央己(たかおき)氏の作品だ。ヘルメスをモチーフにしたこの作品『羽の生えた足』は、今まさに飛び立とうとしているようにも、はるか時空の果てからそっと着地したようにも見える。

「私が書いているのは実際に体験したことばかりです。日本でノンフィクションというと、何か問題のあるところを深く掘っていくというイメージがありますが、私はどんな人にでも語りうる話があると思っています。その際、人物の中に潜伏して、その人の口から語っているような手法をいつも取っています」

 若くしてイタリアに渡った女性のエッセー、などと聞くと優雅な世界を勝手に想像しがちだが、単独で通信社を営み、イタリアに特化したネタをメディアに売り込む暮らしはシビアそのものだった。いや応なく鍛えられた文章に目を留めたのが、故山本夏彦氏である。

「イタリアの選挙について無署名で書いた記事をお読みになって、電話をくださったんです。山本さんの雑誌『室内』で連載しないかと。ルーマニアの思想家・エミール・シオランが、“祖国とはことばである”と書いていますが、山本さんはそれを引用しながら、“だからあなたは、いつも美しい日本語を書くことを心がけなさい”とおっしゃっていました」

 最近では作家としての執筆が忙しくなった内田さん。しかし、報道から遠ざかりつつある理由はそれだけではない。

「裕福な家庭のお母さんが障害児を殺してしまう事件があり、これについて書きたいとある週刊誌に申し出たんです。母親信仰の強いイタリアでの子殺しは衝撃の事件です。しかしその時言われたのは、“で、そのお母さんは何人殺したの?”。“ああ、たった一人では殺人事件と呼べないという感覚は自分は身につけないようにしよう”と思いました」

 近々、住み慣れたミラノから、かつて住んだ南部に移ろうと考えている内田さん。そこには「故郷」「国語」を意識しながら、常に境界の上に身を置こうとする意識が働いている。

「第二次、第三次産業の集中する北部と第一次産業が主の南部には、さまざまな違いがあります。南北それぞれの特質があってのイタリア、ということを忘れたくありません。イタリアから遠く離れた人にも情景が手に取るようにわかる物語を、これからも書いていきたいと思っています」

(構成・北條一浩)

−−−−−

内田洋子

 1959年、兵庫県生まれ。通信社UNO Associates Inc.代表。『ジーノの家 イタリア10景』で日本エッセイスト・クラブ賞と講談社エッセイ賞をW受賞したほか、『皿の中に、イタリア』『カテリーナの旅支度』など著書多数

<サンデー毎日 2016年10月2日号より>

おすすめ記事
広告
毎日新聞のアカウント
ピックアップ
話題の記事

アクセスランキング

毎時01分更新

  1. ORICON NEWS 吉沢悠が新型コロナ感染で入院 「咳、背中の痛み…」PCR再検査で「陽性」確認

  2. 「うがい薬発言で現場混乱」 大阪府歯科保険医協会が吉村知事に抗議

  3. 中村文則の書斎のつぶやき コロナから逃げる政権

  4. 朝鮮人追悼式 小池都知事、今年も追悼文を出さない意向

  5. “お蔵入り”大阪市長の肝煎り学校のフェースシールド 医療界が止めた理由

編集部のオススメ記事

のマークについて

今週のおすすめ
毎日新聞社は、東京2020大会のオフィシャルパートナーです