SUNDAY LIBRARY

岡崎 武志・評『不機嫌な作詞家』『北京から来た男』ほか

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今週の新刊

◆『不機嫌な作詞家 阿久悠日記を読む』三田完・著(文藝春秋/税抜き1700円)

 「また逢う日まで」「勝手にしやがれ」「UFO」など、数々のヒット曲で昭和史を飾った、あの作詞家に27年分の日記が残されていた。三田完『不機嫌な作詞家 阿久悠日記を読む』は、巨人の知られざる素顔に迫る。

 元NHKディレクターで、阿久と仕事を続けた著者は、明治大学に所蔵された日記の解読に取り組んだ。亡くなる直前まで、1日1ページ、行動や備忘録以外に、ひらめいたアイデアも書き付けられていた。「山口百恵は原節子の隠し子であると云う仮説で何が書けるだろうか」は意味深な一行。

 こうしたアイデアが、名曲を生み出す源泉でもあった。何度か現れた「逆境を好機に変える天才」は、苦難、失意の時、自らを励ます呪文だ。あれほどの栄光に包まれながら、作家として直木賞を渇望した心情も縷々(るる)つづられている。

 著者は「ときに日記帳は阿久さんにとって祈りを捧げる神殿であった」と書く。真正直な阿久悠に会える本だ。

◆『北京から来た男』(上下)ヘニング・マンケル/著(柳沢由実子/訳)(創元推理文庫/上下各税抜き1140円)

 秋の夜長に寝る前の読書で、ベッドにもぐり込むのが楽しみになる長編小説はこれだ。

 ヘニング・マンケル(柳沢由実子訳)『北京から来た男』(上下)は、刑事ヴァランダー・シリーズでおなじみの著者による北欧ミステリー。2016年冬、スウェーデンの寒村で、村人19人全員が惨殺される事件が起きた。まっ二つの死体も!

 そう聞くと、北欧ミステリーおなじみの、と早合点するかもしれないが、これは違う。亡き母がかつて住んだ死の村に関心を持った、女性裁判官ビルギッタは、現場に赴き動き出す。彼女が見つけたノートから、開拓時代のアメリカ、中国(北京)の昔と今が、目まぐるしく交差していく。

 やがてビルギッタは、若き日に夢見る革命の国・中国に置いてきた「自分を知るため」、危険な旅に出る。家族と歴史、憎しみと絶望を、時代を超えた大きなスケールで描いた本書は、ミステリーの枠を超えた名作となった。

◆『わたしの小さな古本屋』田中美穂・著(ちくま文庫/税抜き780円)

  倉敷美観地区のはずれに、古本屋「蟲文庫」がある。女性店主が経営する、ネコや亀や苔(こけ)のある不思議な店だ。『わたしの小さな古本屋』は、田中美穂が大事に守り続けた店と、ひっそり流れる時間を書きとめたエッセー。勤めには向かないからと、会社を辞めたその日に「古本屋をやろう」と決意したのが21歳。以来、20年以上が過ぎた。「あなた一日二十七時間くらいあるでしょう?」と人に言われながら、今日も田中美穂は帳場に座る。そこが自分の居場所だからだ。解説は早川義夫。

◆『新装版 グリズリー アラスカの王者』星野道夫・著(平凡社ライブラリー/税抜き1500円)

 星野道夫『新装版 グリズリー アラスカの王者』は、ほぼ文庫サイズながら、ハードカバーでオールカラーの写真集。アラスカで自然と調和しながら、野生動物を撮り続けた著者が、7年間をかけて野生の王者グリズリーの四季を追った。これが記念すべき初の著作となる。アメリカ開拓史はグリズリーの虐殺史で、残された平穏の地がアラスカだった。川を走る、サケを獲(と)る、親子でくつろぐ、冬ごもりする……厳しい大地で生きる者の尊厳が、星野道夫の手で、我々のもとに届けられた。

◆『競馬の世界史』本村凌二・著(中公新書/税抜き840円)

 各分野で血筋のいい俊英を「サラブレッド」と呼ぶ。これは競馬の世界でアラブ馬を始祖とし、イギリスで誕生した純血種を意味する。本村凌二『競馬の世界史』は、「サラブレッド誕生から21世紀の凱旋門賞まで」(副題)、競馬そのものの歴史をわかりやすく説く。日本では、日清戦争時に軍馬育成のためにサラブレッドが輸入され、明治天皇が馬に詳しく、競馬場にも足を運んだなどの興味深い話もあちこちに。名勝負の舞台裏も明かされ、馬券を買わない人にも十分楽しめる。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』など

<サンデー毎日 2016年10月16日号より>

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