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日本イタリア国交150周年 東フィル 二つのジャポニズム・オペラ

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アンドレア・バッティストーニ(C)上野隆文
アンドレア・バッティストーニ(C)上野隆文

東京フィルハーモニー交響楽団 広報渉外部 伊藤唯さん

 今年、東京フィルハーモニー交響楽団では二つのジャポニズム・オペラを演奏会形式で取り上げています。今年7月には、名誉音楽監督(7月時点では桂冠名誉指揮者)チョン・ミョンフン指揮のもと、ジャポニズム・オペラの代表格プッチーニ「蝶々夫人」を演奏会形式で上演し、きわめて高い評価をいただきました。10月の定期演奏会は、これに続くジャポニズム・オペラ第2弾。首席指揮者に就任したアンドレア・バッティストーニの指揮でマスカーニのオペラ「イリス(あやめ)」(初演1898年)を取り上げます。

 西洋音楽発祥の地であり、総合芸術と言われるオペラを生み育てた国イタリア。

 今年2016年は、イタリアと日本が1866年に修好通商条約を結び、国交を開始してちょうど150年。19世紀後半、イタリアでヴェルディやプッチーニ、マスカーニらイタリアオペラの雄というべき人々が活躍したこの時代は同時に、欧米で万国博覧会が盛んに催され、世界中とヨーロッパの文化交流が加速した時代でもありました。

 日本が世界への扉を開いたのは1853年のペリー提督浦賀来航、その後次々に欧米各国と修好通商条約を結んだ、まさにこの時代です。1867年のパリ万博では日本から江戸幕府、薩摩藩、佐賀藩が出展。鎖国政策のなかで豊かに育った日本の宗教や文化、芸術、日用品に至るまで、ヨーロッパの人々は興味津々の視線を送ったに違いありません。そんな中、ヨーロッパで流行したのが「ジャポニズム」。今でいう「クール・ジャパン」といったところでしょうか。モネ、ゴッホ、ドビュッシー、ゴンクール兄弟。ヘンテコな文化を持った極東の国、未開の地、という人もいれば、浮世絵をはじめとした美術品や調度品の数々に賛嘆の目を送り、みずからの芸術活動にも取り込もうと模写や収集にいそしんだ人も数多くいました。「イリス」はそんな時代に生まれたオペラです。「蝶々夫人」と同じ台本作家ルイージ・イッリカ(1857~1919)が脚本を手掛け「イリス」は「蝶々夫人」よりも先に生まれ、初演は大変な評判を呼んだそうです。

「蝶々さん」と「イリス」

 没落した武家の娘と、向こう見ずな青年将校の悲しい愛の物語。ある種のリアリティーに迫った「蝶々夫人」と比較して、「イリス」の物語はファンタジーに富んだ展開が持ち味です。

 いたいけで夢見がち、でも親孝行な少女が悪い男どもにあれよあれよという間にさらわれて……。続きはコンサートでご覧いただくとして、時空を超えた現実味のないエピソードが次々におとずれ、見る側を混乱させます。それはもしかすると、当時のヨーロッパの人々が、初めて触れる日本の文化から受ける不可解な印象そのものだったのかもしれません。「なぜ、このようなずるずると長い着物を着ているの?」「名誉を守るためにハラキリしなければいけないらしい」「家族なのに抱き合ってあいさつすることもない」……。未開の土地「日本」。一方で、浮世絵などの芸術品からは高度に発達した文化の姿もうかがわれ、それがヨーロッパの人々には不可解きわまりないことであり、同時にそれだけ魅力的でもあったに違いありません。

バッティストーニが語るオペラ「イリス」

 公演に際し、誰よりも意欲を燃やすのは若きマエストロ、アンドレア・バッティストーニ。舞台演出においてもアイデア満載のマエストロが、「イリス」について寄稿文を寄せてくれました。全文は、コンサート会場でお配りするパンフレットをご覧いただくとして、その一部をご紹介しましょう。

 「〝イリス〟は当然、19世紀の70年代にヨーロッパを席巻したオリエンタリズム(東洋趣味)とジャポニズムの影響を受けている。(中略)浮世絵の感性豊かな描線、異国情緒あふれる主題、ヨーロッパにはなじみのない風俗、夢幻的でエロチックで奇抜な興趣、これらはすべて、日本という国が旧世界(ヨーロッパ)の小説家や画家たちの想像の世界に入り込むのに寄与した。それらは新しい清流となり、象徴主義の暗く魅惑的な雰囲気によって既に下地ができていた当時の人々の想像世界を潤すこととなった。(中略)マスカーニは日本を、象徴主義が支配する夢の国に仕立てた。我々の目の前で、北斎の絵が生命を得て動き出す。ただしその世界は、教養深いというよりは直感的な一人のヨーロッパ人の想像力に支配された、彼の嗜好(しこう)と幻想によって再創造された世界である」(訳:井内美香)

 ……うーん難しい。と言わず、ご覧になっていただきたいと思います。

 そう、不可解なのは、不可解だから。当時のヨーロッパの人たちにとって、日本の文化が不可解だったのです。不可解なのですが、それでも、まばゆいばかりの浮世絵や調度品、楽器や着物、ちょんまげやヘンテコなお辞儀、小柄で人なつこい人々……これらすべての日本のカルチャーにビビーっときた、当時の芸術家たちのらんらんと光る目つきを、この「イリス」という作品からご想像いただけると思います。

マスカーニのオペラ「イリス」の物語

 最後に、「イリス」のあらすじをご紹介しましょう。今回見逃したとしても、この豊かなイマジネーションからは台本作家イッリカと作曲家マスカーニの持つ野放図な創作意欲、生み出されるイタリアの音楽世界の片りんを、感じていただけるはず。それこそ、バッティストーニと東京フィルが伝えたいと願ってやまないことなのです。

 第1幕 イリスは盲目の父親と2人で暮らす少女。イリスはある日、人形芝居の一座とともに現れた男たち“大阪”と“京都”の策略に乗せられ、人形芝居のヒーロー「イオール」の言葉に釣られて“ヨシワラ”の遊郭へ連れ去られます。置き去りにされたイリスの父チェーコは悲しみ、娘を追おうと決意します。

 第2幕 遊郭で我に返ったイリス。大阪と京都ふたりの邪念におびえ、情欲に翻弄(ほんろう)されて死んだ娘を歌った「まだ小さな子供だった頃」(別名:「蛸=たこ=のアリア」)を歌い故郷を思って泣きます。このアリアこそ、葛飾北斎の春画「蛸(たこ)と海女」にインスパイアされたというおどろおどろしくもセクシー、情欲の業の深さを描いたアリア。そこへ父チェーコが娘を捜して現れ、「汚れきった娘」とイリスを罵倒。イリスは絶望して遊郭から身を投げます。

 第3幕 所変わって、イリスが落ちた場所は月明かり照らす谷底。現世の幻が浮かんでは消えるなか、イリスは故郷を思いながら死んでゆきます。あたりを太陽の光が照らし「太陽讃歌」が荘厳に響くなか、イリス(あやめ)の花が咲き誇り彼女の体を包むのでした。

東京フィルハーモニー交響楽団を指揮するバッティストーニ(C)上野隆文
東京フィルハーモニー交響楽団を指揮するバッティストーニ(C)上野隆文

公演データ

【東京フィルハーモニー交響楽団第886回オーチャード定期演奏会】

2016年10月16日(日) 15:00 Bunkamura オーチャードホール

【第887回サントリー定期シリーズ】

2016年10月20日(木) 19:00サントリーホール

イリス(ソプラノ):ラケーレ・スターニシ =当初発表から変更となっております

チェーコ(バス):妻屋秀和

大阪(テノール):フランチェスコ・アニーレ

京都(バリトン):町 英和

ディーア/芸者(ソプラノ):鷲尾 麻衣

くず拾い/行商人(テノール):伊達 英二

新国立劇場合唱団 他

 

マスカーニ/歌劇「イリス(あやめ)」(演奏会形式・字幕付き)

 

SS¥15,000(完売) S¥10,000 A¥8,500 B¥7,000 C¥5,500(完売)

東京フィルチケットサービス03-5353-9522(平日10:00~18:00)

東京フィルWebチケットサービス http://tpo.or.jp/

その他の公演情報

【第105回東京オペラシティ定期シリーズ】

2016年10月19日(水) 19:00 東京オペラシティ コンサートホール

【東京フィルハーモニー交響楽団 長岡特別演奏会】

2016年10月21日(金)19:00開演 長岡リリックホール

2016年10月22日(土)14:00開演 長岡リリックホール 

ヴェルディ:歌劇「ルイザ・ミラー」序曲

ヴェルディ:歌劇「マクベス」より舞曲

ロッシーニ:歌劇「ウィリアム・テル」序曲

ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」 

2017年3月定期演奏会/午後のコンサート(10月20日、一般発売開始!)

・ 3/12(日)オーチャード定期(ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番=松田華音p、ほか)

・ 3/13(月)東京オペラシティ定期(ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番=松田華音p、ほか)

http://www.tpo.or.jp/concert/20170312-01.php

・ 3/15(水)第4回平日の午後のコンサート 「音楽交友録 イタリア&ロシア」

http://www.tpo.or.jp/concert/20170315-01.php

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