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岡崎 武志・評『山谷 ヤマの男』『崑ちゃん』ほか

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今週の新刊

◆『山谷 ヤマの男』多田裕美子・著(筑摩書房/税抜き1900円)

 カバー写真の男に、この眼光で射すくめられたら、腰を抜かしそう。多田裕美子『山谷 ヤマの男』は、ドヤ街に生きる男たちの肖像写真と文章ルポから成る。

 「あしたのジョー」でもおなじみ、東京・山谷の玉姫公園で開いた青空写真館で、カメラマンの著者は、1999年から2年間、黒幕を張って男たちを撮り続けた。過去のある彼らは、警戒し、時には「殴られるぞ」と脅した。

 しかし、著者の実家は山谷の大衆食堂で、荒ぶる男たちは見慣れた風景だった。「優しすぎる故に、許せないことに激しいまでに怒り、激しすぎる怒り故に果たされなかった優しさ」を、土地っ子の著者は見逃さない。路上で死にゆく者にも尊厳があるのだ。

 そんな山谷も時代と共に変遷する。「私は山谷のいきがっている男たちにぎりぎり間に合って、死ぬまで俺はおれなのだというしぶとさをもらったのだ」と彼女は書く。山谷の実態も、目をそらすことなく刻まれた貴重な記録。

◆『崑ちゃん ボクの昭和青春譜』大村崑・著(文藝春秋/税抜き1400円)

 市川崑ではない。『崑ちゃん』といえば大村崑。「ボクの昭和青春譜」と副題がついた語り下ろしの回想記は、上方芸能史の側面も持つ、楽しい読み物だ。

 昭和30年代前半のテレビ創成期、著者は「やりくりアパート」「番頭はんと丁稚どん」「とんま天狗」と出ずっぱりで人気沸騰、マンガにもなった。「寝る暇もないほどの忙しさ」は誇張ではない。昭和の子どもたちにとってヒーロー的存在だったことが、この本でよくわかる。

 「ダイハツ・ミゼット」「オロナミンCドリンク」など、CMスターでもあった。後者の「うれしいと眼鏡が落ちるんですよ」は、撮影現場でのアドリブだったという。ほか、エノケン、雁之助、小雁、茶川一郎、ミヤコ蝶々、桂米朝、渥美清など、笑芸界のスターたちも続々と登場する。

 それにしても、今年85歳にしては帯写真など異常に若い。その「元気の秘訣(ひけつ)」も披歴されているので、これは読んでのお楽しみ。

◆『みかづき』森絵都・著(集英社/税抜き1850円)

 森絵都5年ぶりの長編『みかづき』は、発売直後から話題となっている。昭和36年、まだ世に学習塾が浸透していない時代、ひと組の夫婦が、千葉の新興都市で「八千代塾」を始めた。「学校教育が太陽なら塾は月」。学校教育からこぼれた子どもたちを、2人は「月」となって照らし続ける。しかし、昭和から平成へと、教育界の変化は激しく、学習塾は翻弄(ほんろう)される。妻と夫、親と子という問題を抱えながら、奮闘する塾教師の姿がリアルに描き出されている。ドラマ・映画化必至。

◆『「世界のクロサワ」をプロデュースした男 本木荘二郎』鈴木義昭・著(山川出版社/税抜き1800円)

 黒澤明の名を知らない人は少ないが、彼を陰から支えた人物の名を知る人は少ない。鈴木義昭『「世界のクロサワ」をプロデュースした男 本木荘二郎』は、男の知られざる人生を追う画期的評伝だ。「羅生門」「七人の侍」「生きる」などを製作しながら、グランプリ監督の黒澤と袂(たもと)を分かち、気がついたらピンク映画を撮っていた。「昭和史の激動と、戦後日本映画史の天と地を生きた人だった」と著者は書く。監督だけで映画は作れないことを、本書でまざまざと知らされる。

◆『ウォールデン 森の生活』ヘンリー・D・ソロー/著、今泉吉晴/訳(小学館文庫/上下各税抜き850円)

 19世紀半ば、都会を離れ、一人の若者が池のほとりに小さな家を建て、なるべくシンプルな生活を心掛け、2年余りを過ごした。ヘンリー・D・ソロー(今泉吉晴訳)『ウォールデン 森の生活』(上下)は、「人生が生み出す最高の果実」が何たるかを説き、今も有効な生きるバイブルとして読み継がれている。これまでにも岩波文庫版など各種の翻訳はあるが、本書は山小屋歴30年という動物学者が生彩ある訳をし、詳細な注釈、図版を加えて理解を助ける。おそらくこれが決定版となるだろう。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』など

<サンデー毎日 2016年10月23日号より>

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