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トップに聞く 亜細亜大学・栗田充治学長 「創立75周年。アジアで活躍する人材育成目指す」 

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くりた・みちはる
1947年、広島生まれ。東京大学大学院人文科学研究科倫理学専修博士課程単位取得退学。亜細亜大学教養部教授、国際関係学部教授を経て、2015年学長に就任。日本倫理学会、日本平和学会、日本道徳教育学会、日本ボランティア学習協会など。専門分野は哲学、教育学 拡大
くりた・みちはる 1947年、広島生まれ。東京大学大学院人文科学研究科倫理学専修博士課程単位取得退学。亜細亜大学教養部教授、国際関係学部教授を経て、2015年学長に就任。日本倫理学会、日本平和学会、日本道徳教育学会、日本ボランティア学習協会など。専門分野は哲学、教育学
武蔵野キャンパス新1号館のイメージ 拡大
武蔵野キャンパス新1号館のイメージ

 東京・武蔵野の地に亜細亜大学の前身・興亜専門学校が誕生して75年。「アジアの時代」「グローバル化」が叫ばれるはるか前から「アジアで活躍する人材の育成」を掲げ、10万人に迫る数の卒業生を輩出してきた。そのネットワークはさらに、世界各地へと広がっている。1982年に講師として赴任以来、大学と学生の成長をリードしてきた栗田充治学長に、3四半世紀の歴史を踏まえたこれからの展開を聞いた。【上杉恵子】

外へ、世界へ目を 建学の信念貫く

 --専門学校、短期大学を経て、4年制の「亜細亜大学」として新たなスタートを切ったのは1955年。世界の目はまだまだ欧米に向いていた時代です。

 その頃はまだアジアという言葉に、戦争のイメージを想起する人もいました。「亜細亜」を「アサイア」などと読む人もいたり、「名前が大きければいいというものではない」という声があったりしたと聞きます。しかし、当時の太田耕造学長は「いずれこの名称の価値が再認識される」と、信念を貫いたのです。その「予言」はみごと、的中しました。

 太田学長が定めた建学の精神「自助協力」には、「自己を助ける者は自己なり、自己こそ最上の助け主」であり「協力の花は自助の根から」という思いが込められています。

 学生たちはその精神にのっとり、勉学だけでなくクラブ活動やボランティアでも優れたチームワークを発揮し始めました。やがて野球や吹奏楽などが次々頭角を現し、「亜細亜大学」の名を国内外にはせたのです。

 いまの学生にも太田学長の遺志を改めて伝えようと、自校史科目「建学の精神を考える」を75周年を機に開講し、私自身も担当しています。

国内初の留学必修

 --アルピニストの野口健さんをはじめ、幅広い分野にさまざまな人材を送り出しています。その活躍も、国内、アジアにとどまりません。

 88年に一芸一能入試をいち早く導入した当時は、「偏差値より個性値」をうたっていました。いまは学生一人一人の多彩な個性をどのように捉え、それぞれを伸ばすためにどんな支援をしていくかが大切だと考えています。

 記録を打ち立てたり、表彰されたりと、社会的評価を受けることはもちろん素晴らしいですが、それだけが「個性」ではありません。すべての学生の個性値を最大化する環境の整備が、いま取り組むべき課題です。

 特に、世界を目指す学生には、多彩なプログラムが用意されています。3~5週間の短期留学から1年間の交換留学まで、派遣先もアジアから欧米まで21カ国・地域の33大学に及びます。米国に5カ月間留学しても4年で卒業できる制度は88年に導入した歴史あるプログラムですが、国際関係学部国際関係学科では必修です。留学が必修となるのは、これが国内初でした。

 毎年約600人の学生が海外で学び、卒業後も各方面でその経験を生かした実績を上げています。同時に、亜細亜大にやってくる留学生も年間350人超を数えます。

 前身の日本経済短期大学が初めて留学生を受け入れたのは、終戦から9年の54年。国際交流の機運などなかった時代に、学校の使命として香港からの96人を受け入れ歓待した精神は、いまも学内に息づいています。自国に戻った留学生らは、現役学生の海外インターンシップや海外ボランティア活動を現地で支援してくれるなど、強力なネットワークを築いてくれています。

 --今春開設した都市創造学部も、大学と世界とを結ぶ新たなアプローチですね。

 都市が抱えるさまざまな問題を社会科学の視点で探る、というこれまでにない試みです。経営学、都市社会学をベースにIT(情報技術)や建築デザインなどの実務家を教員に迎え、国内外の都市開発やまちの活性化に貢献できる人材を育てます。

 2年後期には、中国、韓国、インドネシア、タイ、ベトナム、米国のいずれかの都市で半年間、語学留学とインターンシップを体験します。1期生の151人は既に留学先を選択し、それぞれの語学習得に余念がありません。今後が楽しみです。

 --75周年記念事業として、11月2日までの3日間、「アジア学長フォーラム」が開催されました。

 アジア各国の大学の学長が集うこのフォーラムは、今年で15回目にして初めて日本での開催となり、幹事校を務めました。中国、韓国、フィリピン、カンボジア、インドネシアなどの39大学から約90人が参加し、交流を深めました。日本との間に歴史や政治問題が横たわる国も少なくなく、若い世代にその問題をどう考えさせるかを議論できたのは、大きな収穫です。

 「内向き志向」が心配されるいま、ユニバーサルな存在であるべきユニバーシティー(大学)として、「外へ、世界へと目を向けよう」というメッセージを国内外に送り続けることが大切です。

 --キャンパスの再開発も進行中です。

 2013年には大小24の教室が並ぶ「5号館」が、15年には学生食堂やラウンジ、カフェなどが入る憩いと学び、交流の施設「ASIA PLAZA」が完成しました。

 75周年事業として、2年後には環境と安全に配慮した「新1号館」が誕生します。雨水を再利用する機能や免震構造を備え、大学の顔ともいうべき1棟となることでしょう。

学生が新入生支援

 --100周年に向け、どのような未来像を描いていますか。

 学生あっての大学であることは、言うまでもありません。その学生たちは、我々以上に大学のことを考えてくれています。

 69年から続く新入生研修では、教員だけでなく先輩学生が手厚くサポートしますが、例年二百数十人の学生から応募があります。春休みをつぶして準備し、大学の魅力を一生懸命、後輩に伝えてくれるのです。こうした学生は大学の宝です。

 全学7000人規模の大学だけに、キャンパスのメインストリートに立てば、知っている誰かにすぐ会うことができます。現在80%超の進路決定率を3年後に90%まで引き上げるなど、個々に目標はありますが、学生にはこうした落ち着いた環境で個性を育てながら、身につけた力をアジアで、世界でどんどん発揮してほしい。その積み重ねが、100年間存続するに足る大学を作り上げていくのだと確信しています。

海外プログラム、成果着実に 毎日新聞大学センター長・中根正義

 亜細亜大学の前身である興亜専門学校は、太平洋戦争開戦直前の1941(昭和16)年4月に設立された。「アジアは一つであり、教育こそ国を救う源である」と訴えた創設者、太田耕造は鈴木貫太郎内閣で文相を務めた。

 戦後の56年に東急電鉄グループの五島育英会と連携し、五島慶太が理事長に就任。同グループと関係が深いが、国際社会、特にアジアの発展に貢献できる人材の育成が同校の伝統だ。

 現在もアジア各地から留学生を受け入れ、日本人学生向けには語学研修から海外インターンシップまで、多彩な海外プログラムを展開する。28年の歴史を持つ「アメリカへの5カ月間留学」(AUAP)には約1万3000人、卒業生の約8人に1人が参加。2012年度から、文部科学省のグローバル人材育成支援事業に採択されており、着実な成果を上げている。

 今春、26年ぶりに新学部、都市創造学部を開設した。フィールドワークを重視した、都市の未来を産業と社会から考えるという狙いがあり、約半年の海外留学や国内外での3週間前後のインターンシップが義務付けられている。

 80年代後半から、亜細亜大学は他に先駆けて「一芸一能入試」を導入するなど、大学改革に積極的に取り組んできた。創立75周年を機にキャンパス再開発に取り組み、高度情報化、グローバル時代に対応した学習環境の整備に力を入れる。

亜細亜大学

東京都武蔵野市境5の24の10

学生数 6588人(学部合計2016年10月1日現在)

学部 経営学部、経済学部、法学部、国際関係学部、都市創造学部(16年4月開設)

URL http://www.asia-u.ac.jp/

問い合わせ(広報課)0422・36・3238

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