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フランス最高のオーケストラ、パリ管弦楽団が新音楽監督ハーディングと来日!

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9月22日公演のカーテンコール
9月22日公演のカーテンコール

KAJIMOTO

 フランスの名門オーケストラ、パリ管弦楽団が11月下旬に3年ぶりに再来日する。今回はパーヴォ・ヤルヴィの後任として新音楽監督に就任したばかりのダニエル・ハーディングとの初めてのツアーでもある。そこで、ここでは来日に先立って9月に行われた彼の就任公演の様子をご紹介しておこう。

 

 9月に入り、各地で開催されていた夏の音楽祭が順に閉幕していくと、ヨーロッパではそれと入れ替わるようにオペラハウスやオーケストラが新シーズンの開幕を華やかに迎える。長い夏休みを終え晴れやかにオープンした会場では、公演前のにぎやかさに加え、初日の終演後には、たとえばスイスのトーンハレではフリードリンクと軽食、あるいはフランクフルトのアルテオーパーでは新酒のゼクト(Sekt)が振る舞われたりと、ロビーやビュッフェで小パーティーが開かれたりもする。

 それらオープニング公演の中でも特に話題になるのは、やはり節目を迎えるカンパニーである。創立X年などのメモリアル・イヤーもそうだが、新しいシェフを迎えた場合も同様。後者の中で今年の目玉を挙げれば、オランダのロイヤル・コンセルトヘボウ管とダニエレ・ガッティ、ドイツではバンベルク交響楽団とヤクブ・フルシャ、フィンランドのヘルシンキ・フィルとスザンナ・マルッキ、ラハティ響とディミートリー(ジマ)・スロボディニュク、英国のバーミンガム市響とミルガ・グラジニテ=ティラ、モナコのモンテカルロ・フィルと山田和樹、日本でも新日本フィルと上岡敏之、日本フィルとピエタリ・インキネン、東京フィルとアンドレア・バッティストーニなどが挙げられる。

 来日間近のパリ管弦楽団もそのひとつ。パーヴォ・ヤルヴィの後任として、この9月からダニエル・ハーディングが第9代の音楽監督に迎えられたばかりである。まずは彼がこれまでにパリ管と共演した履歴を載せておこう。

■1997年6月19日(サン=ドニ音楽祭 サロン・ド・ミュジーク)

 ハイドン:交響曲第8番「夜」

 リヒャルト・シュトラウス:変容

■2014年5月7日(サル・プレイエル)

 モーツァルト:フリーメイソンのための葬送音楽 K477(479a)

 マーラー:子供の死の歌[メゾソプラノ独唱:クリスティアーネ・ストーテン]

 リヒャルト・シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」

■2016年5月18、19日(フィラルモニ[フィルハーモニー])

 ベルク:ヴァイオリン協奏曲[独奏:イザベル・ファウスト]

 マーラー:交響曲第4番[ソプラノ独唱:クリスティーナ・ランツハーマー]

■同6月21日(ルーヴル美術館ピラミド)

 マーラー:交響曲第4番[同:クリスティーナ・ランツハーマー]

注)これらのうち、2014年のモーツァルトとシュトラウスはCLASSICAL LIVEで販売されてもいる。

 以上ご覧の通り、ハーディングは就任前にこの4回5公演しか同管と共演していない。そして、初回と2回目の間には明らかに大きく時間が空いているのが見てとれるが、これは偶然ではなく、1997年に彼が初めて客演した際にあまり首尾よくいかず、以来パリ管とは疎遠になってしまったためである(彼自身、この時のことを「自分のキャリアの中でも最悪だったひとつ」と語っている)。

 ちなみに当時のハーディングといえば、96年にベルリン・フィルにデビューし、97年には初めてオーケストラでポストを得た時期(トロンハイム交響楽団)。才気にあふれた若きハーディングの鼻っ柱が強すぎたのか、彼の新味なアイデアに古参のメンバーが反発を感じたのか、当時の詳細は不明ながら、いろいろと想像は膨らむ。

 しかし、さすがはハーディング。それから17年を経てようやく回ってきた再チャレンジの機会を逃すことなく、むしろ今度はそのたった1回で次期音楽監督の足掛かりとなるほどの評価を得るという大逆転を決める。なんとも劇的な物語だが、こうして彼は今年、パリ管の音楽監督に就任したわけである。

メトロ構内に掲示されたポスター
メトロ構内に掲示されたポスター

 さて、ハーディングの就任最初には素晴らしく魅力的な三つのプログラム(それぞれ2公演ずつ)が組まれた。筆者はこのうち2プログラム4公演をプローベ(リハーサル)を含めて聴いた。

パリ管の本拠地、パリのフィラルモニ(フィルハーモニー Philharmonie)。ジャン・ヌーヴェル設計。コンサート用の大ホール(La Grande salle)の客席数は2,400
パリ管の本拠地、パリのフィラルモニ(フィルハーモニー Philharmonie)。ジャン・ヌーヴェル設計。コンサート用の大ホール(La Grande salle)の客席数は2,400

 まずは9月16、18日に行われた就任記念公演。プログラムは、シューマンの「ゲーテの『ファウスト』からの情景」である。ハーディングにとって、近年力を入れている作曲家であり作品で、録音もすでにバイエルン放送響(13年1月)とアーノンクールの代役として指揮したベルリン・フィル(同12月)との2種がある。

 そのような得意なレパートリーである上に、ハーディングはパリ管との公演にさらに万全の態勢を敷いた。声楽ソリストにはタイトルロールにクリスティアン・ゲルハーヘル、アリエル役にアンドルー・ステイプルズを招聘(しょうへい)。彼らは、筆者が把握しているハーディングによる「ファウスト」の6種の公演すべてに同じ役で出演してきたコンビである。さらに、複数回ともに演奏しているベルナルダ・フィンクやフランツ=ヨーゼフ・ゼーリヒ、ターレク・ナズミをそろえるなど、まさに鉄壁の布陣で固めた。

 加えて、パリ管に異例のプローベ時間を要請。通常同管は3時間×2枠/日のセットを2日行い、ゲネプロ→本番というシステムだが、このシューマンではなんと倍近い4日間7枠+公開ゲネプロを設定(後で聞いたところ、これでも少し減らしたとのことだ)、16日の初日に向けて、11日の夜から練習を開始した。夜の枠が組み込まれているのは、合唱団がアマチュアのためだそう。

 リハーサルにおけるハーディングの強みのひとつは、楽想に対してイメージを明確に持ち、それを実現するための指示をしっかりと出す点だ。オケにとって新鮮な曲であるとはいえ、パッセージごとに止めて細かく要求を出し、反復させている様子は、時間がいくらあっても足りないようでもある。もちろん就任したばかりなので、このオーケストラで何が可能か、何を課題としてクリアしてゆかねばならないのかを把握するために多くの情報を得ようと、いろいろと試していることもあるだろう。

シューマンの最終リハーサルより
シューマンの最終リハーサルより

 もうひとつの強みは、フランス語が巧みな点。自在なフランス語は細かな音楽的要求を伝えられるのはもちろん、指揮者とオーケストラとの結束力を強めるはずだ。実際にプローベの帰りに、「久しぶりに練習らしい練習をした」とメンバーがうれしそうに話していたのも印象的だった。

 さて、シューマン。フォーメーションはベルリン・フィルの時(DCHで視聴可能)と基本的には同じと言えるが、コーラスはステージ奥上の客席、児童合唱はステージ上の席の両翼に配置された。

 前述したように、歌手陣はよくぞそろえたとうならされる充実のメンバーである。その中でも何と言っても、指折りの――というよりも、フィッシャー=ディースカウの後、現在彼をおいて他にいない――ファウスト歌いであるゲルハーヘルの名唱は、まさに独壇場。ハーディング(バイエルン放送響、ベルリン・フィル、ゲヴァントハウス管、ウィーン響、ロンドン響)のみならず、アーノンクール(コンセルトヘボウ管)やヘンゲルブロック(NDR響)らと共演を重ねてきた経験を生かし、豊かな表現と持ち前の美声はそのままに、録音で聴ける緻密で落ち着きのある歌唱よりもエモーショナルで動的な要素がかった歌唱を聴かせた。

 ソリスト勢ではその他にもゼーリヒがベテランの貫禄で、悪賢いメフィストフェレスと深遠な瞑想(めいそう)をする教父を巧みに歌い分ける。作品を知り尽くしたフィンクも余裕、ソプラノ・ソロのマリ・エーリクスモンの明るい声などどれも見事だったが、筆者が特に好印象を持ったのはグレートヒェンを歌ったソプラノのハナ=エリーザベト・ミュラー。かれんで透明感がある声と、表情豊かな歌唱(とリハーサルで見せていた飾らぬ人柄)は、さすが近年急激に人気を集めているスターらしかった。この夏のザルツブルク音楽祭でもオープニングのネゼ=セガン&ヨーロッパ室内管「天地創造」でデビューし、バイエルン州立歌劇場では7月のペトレンコ「ばらの騎士」ゾフィ、2月のメータと10月シモーネ・ヤングの「フィデリオ」にも出演していた彼女である。

 ハーディングとパリ管の演奏は、他のオケとの録音で聴かれるよりもテンポを速めにとり、流れよく歌うスタイル。曲によってプルトを増減させ、独唱とオーケストラ、あるいはコーラスとオーケストラ間のバランスや音の彩りにも目配りが利いている。弱音を生かした精妙さも素晴らしい。音色面では、さまざまな弓のスピードや圧力、ノン・ヴィブラートを多用し、パリ管から多彩な音色を引き出していた。重厚感よりも少し軽めのサウンドはパリ管らしい。

 また、各所には研究の成果もさまざまに盛り込まれており、たとえばブリテンのように序曲でのテンポ・チェンジをスコアの指示よりも少し前から始めたり、アーティキュレーションでは第2部第4曲の終わりをアーノンクールと同じようにしているなど、実に興味深い。

 さらにはテンポではなく音の濃淡によって粘るようなフレージングの味わいまでも実現していたのには驚かされた。ただ、初日はやはりまだオーケストラが指揮を探っているような様子が見受けられ、特にテンポ変化への対応に乱れがあったのも確かだ。しかし2日目は、初日に比べ、ハーディングのテンポ変化にも慣れたようで、より完成度の高い演奏となった。第3部第4曲途中に歌われるソプラノ・ソロ(エーリクスモン)のアインガングも、2日目は一層自由さが増していたように即興度も上がっていたと思う。

 ちなみに、ハーディングは12月にシューマンのオラトリオ「楽園とペリ」を取り上げる。ハーディング&パリ管はハルモニア・ムンディとの録音プロジェクトが予定されているので、これが彼らの初ディスクとして録音・リリースされるのを期待したい。なお、初日終演後のレセプションでユニテル・クラシカのマネジング・ディレクターと話したところ、今回と同様にウェブ用の中継と収録はする予定だと語っていた。 

9月17日公演のカーテンコール
9月17日公演のカーテンコール

 二つ目のプログラムはマーラーの交響曲第10番(クック版)。ハーディングが2004年のウィーン・フィルへのデビューや、07年に同フィルとドイツ・グラモフォンに録音をする際にも選んだ勝負曲のひとつである。本人も「間違いなく最も多く指揮してきたマーラー作品」と語っているものだ。

 ハーディングはテンポや独自のスコアへの声部追加、第4楽章からフィナーレに移行する際の消音ミリタリードラムを1ストロークとする点など、基本コンセプトは録音で聴かれるスタイルと同じで、初めて本作品を演奏するというパリ管を巧みにリード。オーケストラも、フルートのヴァンサン・リュカ、オーボエのアレクサンドル・ガテ、クラリネットのパスカル・モラゲス、ファゴットのマルク・トレネルら木管スーパースター陣の積極的なプレーが、作品の魅力を幾重にも増していた。特にフィナーレでのフルート・ソロによる憂いを帯びた美しい歌や、トランペットのブリュノ・トンバの輝かしい音、ラストの弦楽器の浄化の響きなどは見事だった。両者の集中した演奏とその充実に、最後の音が消えた後、パリの聴衆が1分近くも静寂を守っていたほどである。

 なお、本公演にはこのエディションのパート譜などのいわゆるマテリアルを製作したFaber社のスタッフも駆け付け、リハーサルの段階から見守っていた。

9月22日公演のカーテンコール
9月22日公演のカーテンコール

 この後、筆者は聴けなかったが9月末にワーグナー「パルジファル」前奏曲、ジョージ・ベンジャミンの新作「歌の夢」フランス初演(カウンターテナー独唱:ベジュン・メータ)、およびブラームスの交響曲第1番のプログラムが演奏され、そちらも高い評判を得ていた。

 

 11月の日本公演ではハーディングがこれまた力を入れているベルリオーズや、得意のマーラーが披露される。ベルリオーズは9月にスウェーデン放送響との「幻想交響曲」のアルバムがリリースされたばかりだが、日本で演奏されるのは劇的交響曲「ロメオとジュリエット」。パリ管が「幻想」以外のベルリオーズを来日プログラムに組んだのは、1991年の「ファウストの劫罰(ごうばつ)」(ビシュコフ指揮)以来ではないだろうか。

 これらを11月の初頭にパリで演奏してから持ってくるので(ベルリオーズは、スウェーデン放送響でも10月21、22日に取り上げるという念の入れよう)、パリ管らしい流れのよさと、ハーディングの微に入り細をうがった緻密さがミックスされた名演が期待できるだろう。美音と高度なテクニックを併せ持つことで名高いジョシュア・ベルとの共演ももちろん楽しみだ。

 最後にもうひとつ。来日公演をナマで体験することは、一期一会のコンサートの醍醐味(だいごみ)を楽しむのと同時に、一種の定点観測でもある。今回、新シェフをいただいたばかりのパリ管を聴いておくことは、新たなページを刻み始めた老舗オーケストラがこの先どのように変化していくかを見届ける基盤となる大切な機会というわけだ。

 我々にとっては2011年の東日本大震災の際に日本を訪れてくれたことでも忘れられない指揮者とオーケストラによる日本での初共演。両者のコラボレーションの始まりにぜひご注目を。

(音楽ジャーナリスト 松本學)

【動画】パリ管弦楽団--フランスが誇る世界最高峰のオーケストラ

公演データ

■11月18日(金)19:00 NHKホール 主催:NHK/NHKプロモーション

ブリテン:歌劇「ピーター・グライムズ」から 4つの海の間奏曲

メンデルスゾーン: ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 op.64(ヴァイオリン:ジョシュア・ベル)

ブリテン:セレナード op.31(テノール:マーク・パドモア)

ドビュッシー: 歌劇「ペレアスとメリザンド」組曲

 

■11月20日(日) 15:00 京都コンサートホール 主催:KAJIMOTO

ブリテン:歌劇「ピーター・グライムズ」から 4つの海の間奏曲

ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.77 (ヴァイオリン: ジョシュア・ベル)

ベルリオーズ:劇的交響曲「ロメオとジュリエット」op.17から(抜粋)

 

■11月22日(火) 19:00 ザ・シンフォニーホール 主催:ザ・シンフォニーホール/KAJIMOTO

メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 op.64(ヴァイオリン:ジョシュア・ベル)

マーラー:交響曲第5番 嬰ハ短調

 

■11月23日(水・祝) 15:00 アルモニーサンク北九州ソレイユホール 

主催:北九州ソレイユホール

メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 op.64(ヴァイオリン:ジョシュア・ベル)

マーラー:交響曲第5番 嬰ハ短調

 

■11月24日(木) 19:00 東京芸術劇場 主催:KAJIMOTO

ブリテン:歌劇「ピーター・グライムズ」から 4つの海の間奏曲

ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.77 (ヴァイオリン: ジョシュア・ベル)

ベルリオーズ:劇的交響曲「ロメオとジュリエット」op.17から(抜粋)

 

■11月25日(金) 19:00 東京芸術劇場 

主催:公益財団法人 東京都歴史文化財団東京芸術劇場

メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 op.64(ヴァイオリン:ジョシュア・ベル)

マーラー:交響曲第5番 嬰ハ短調

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