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ヒバクシャ

’09秋/1 今西和男さん 勇気はもらった

<核のない世界を documentary report/89>

 「核兵器のない世界」を訴えるオバマ米大統領が13日、初来日する。広島、長崎市長は大統領の被爆地訪問を呼びかけ、「世界の人が被爆地を訪れるきっかけに」と五輪招致にも乗り出した。岐阜市でサッカーJ2、FC岐阜の指揮を執るゼネラルマネジャー、今西和男さん(68)は、核兵器を使用した唯一の国として核廃絶に向けて行動する道義的責任に触れたプラハ演説に背中を押され、被爆体験を語ろうと思うようになったという。「ヒバクシャ’09秋」は、この往年の名選手の話から始める。

FC岐阜の選手たちが練習するグラウンドで、ケロイドが残る左足を見せながら被爆体験を語る今西和男さん=岐阜県各務原市の各務原スポーツ広場で2009年10月29日、森田剛史撮影

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オバマ氏に平和賞、「実績まだ」でも

 「それでも大統領の勇気は賞に値する」。10月10日朝、今西さんは岐阜市内の自宅で新聞を読みながら思った。紙面はノーベル平和賞決定を伝え、「まだ何もしていないのに」と受賞を疑問視する人々の声を紹介していた。今西さんは心の中で反論した。「受賞で核廃絶への期待は広がり、実現に勢いがつくだろう」

 1945年8月6日朝、今西さんは広島市の自宅2階で、向かいに住む女の子と窓越しに、ささいな口げんかをしていた。空が光った。またたく間に家は崩れ落ち、気が付くとがれきの中だった。母親に助け出され、近くの山の防空壕(ごう)に逃げ込んだ。女の子がどうなったかは分からない。

 翌日、郊外の親類宅に向かった。逃げ惑う人、血を流す人、「水をくれ」と叫ぶ声、声……。自分の左半身からも血が流れていた。練兵場からは皮膚や髪が焼ける異様なにおい。「地獄だった」。数日後、左腕と左脚のやけどにウジがわいた。近くの学校で保健の先生が赤チンを塗り、ピンセットでウジを取ってくれた。「我慢してな」。その言葉と痛みを覚えている。

 左半身に残ったケロイドを「自分のせいではないのに、何か恥ずかしいもの」と感じていた。スポーツが大好きだったが、水泳の授業は嫌だった。サッカーを始めた高校時代、ケロイドが突っ張って思うように動かせない足を鍛えようと、練習が終わるとゴールポストにわらを巻き、何度も何度もけり続けた。

 その後、サッカー選手として成功した。ただ、今も人に話しかけるのは苦手だ。「原爆がなければもっと積極的で、違う人生もあったかもしれない」。人前で自分から被爆体験を語ることもなかった。

 しかし、オバマ大統領のプラハ演説をきっかけに考え直した。「原爆を体験し、人前に出る機会の多い自分には、平和の意味を後世に伝えるチャンスが多い。それを生かしてみたい」

 7月には長崎で被爆した知人に誘われ、岐阜市内であった「岐阜県原爆被爆者の会」の集まりに出た。会場で被爆者の高齢化を実感し、使命感は強まった。8月6日には母校の広島市立舟入高校の慰霊祭に参加した。毎年訪れているが、今年は特別な感慨があった。被爆死した生徒・教師676人に「プラハ演説というプレゼントを持っていくことができた」からだ。

 そのオバマ大統領は来日直前のインタビューで「任期中に広島・長崎両市を訪問できれば名誉なこと」と語った。今西さんは「大統領が被爆地を訪れれば、核廃絶への機運はさらに高まるだろう」と思う。「大統領に勇気づけられた人々がみんなで協力すれば核廃絶は実現可能だ」<文・石山絵歩/写真・森田剛史>

■人物略歴

いまにし・かずお

 広島の爆心から約2キロ地点で被爆。サッカー選手として東洋工業(現マツダ)の日本リーグ4連覇に貢献。指導者となり、94年にサンフレッチェ広島総監督としてJリーグ前期優勝を果たした。07年2月から現職。

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