SUNDAY LIBRARY

岡崎 武志・評『温泉文学事典』『雨の自然誌』ほか

  • はてなブックマーク
  • メール
  • 印刷

今週の新刊

◆『温泉文学事典』浦西和彦・編著(和泉書院/税抜き6000円)

 可愛い踊り子が共同湯から真裸で飛び出し手を振る「伊豆の踊子」。雪国の温泉宿で、島村が駒子という芸者と出会う「雪国」。川端康成は温泉好きか? 随筆も合わせ30編近い作品を残した。

 浦西和彦編著『温泉文学事典』は、小説、随筆、紀行文、詩歌に見える「温泉」を集め、作者別に収集、解説した事典。作家数473人、作品数853編、登場する温泉数約700カ所というから、ただただ驚く。

 「事典」と名乗る如(ごと)く、初出など書肆(しょし)はもちろん、どこの温泉かを明示し、どんな内容かを簡潔に紹介している。気の遠くなる作業だ。雪山登頂のイメージが強い植村直己が、故郷・城崎(きのさき)の温泉につかった子ども時代を随筆に書いていると知り、ちょっとホッとした。過酷なばかりじゃなかった。

 歌人の尾上柴舟が逗留(とうりゅう)したのは伊香保温泉。「あはれなる雪のかくれが湯の谷の烟(けむり)の中に今日もゐる鳥」と歌った。この風情がわかる日本人でよかった。

◆『雨の自然誌』シンシア・バーネット/著(河出書房新社/税抜き2700円)

 日本には、雨に関する言葉が多く存在する。ときに災害をもたらす豪雨もあれば、草花をしっとり湿らす霧雨もある。そんな雨について、科学と文化の両面から考察したのが『雨の自然誌』。

 著者のシンシア・バーネット(東郷えりか訳)は、環境問題を研究するアメリカのジャーナリスト。雨の少ない南カリフォルニアで育ったというから面白い。人類より先に、地上を濡らした雨は、40億年前に大洪水を起こした。

 レイ・ブラッドベリは、現代の科学では存在しないことが証明されている火星に雨と大気を与えた(『火星年代記』)。日照り続きの乾燥地帯では、雨乞いの祈祷が行われた。ときにそれは、宗教とも結びついたのである。

 雨は人々の会話のきっかけともなる。「雨は人と人がつながるきっかけなのだ」と著者は書く。カバーに使われた写真では、カエルが雨に打たれて喜んでいるようだ。古池に飛び込まなくても、恵みの水を得られるのだから。

◆『キリストはエボリで止まった』カルロ・レーヴィ/著(岩波文庫/税抜き1020円)

 カルロ・レーヴィは1902年生まれのユダヤ系イタリア人の作家(75年没)。裕福な家に生まれ、医学を学ぶ。ムッソリーニ政権下の35年、反ファシズム活動の罪で逮捕され、僻地(へきち)の寒村に流刑にされた。恨みを抱き、侮蔑(ぶべつ)と憎悪に満ちた貧しい倦怠(けんたい)の村で3年を過ごした。『キリストはエボリで止まった』(竹山博英訳)は、実際の村名アリアーノをガリアーノに変えた以外、ほぼ著者の体験を写した作品である。あのキリストでさえ、この村には来なかった。南イタリアの過酷な現実をここに見る。

◆『風俗という病い』山本晋也・著(幻冬舎新書/税抜き800円)

 「風俗」という言葉自体は、汎用(はんよう)性のある一般的な用語だが、山本晋也という名前と結びつけば、もうあれしかない。『風俗という病い』は、「未亡人下宿」シリーズほかピンク映画約250本を撮り、深夜番組「トゥナイト」で性風俗ルポ王となった著者ならではの本。「SM女王の数奇な人生」「日本製コンドームが世界を席巻した夜」「パンティを脱いだ女子大生たち」「立川談志との壮大で危険な世界道中」など、果てしなくエロ話が開陳されていく。性欲は死ぬまで尽きない……らしい。

◆『ラテンアメリカ文学入門』寺尾隆吉・著(中公新書/税抜き780円)

 1976年から刊行の始まった集英社「世界の文学」に、ボルへス、マルケス、カルペンティエール、コルタサルなどが収録され、その豊饒(ほうじょう)たる物語世界に眩惑(げんわく)、感激した人は多い。寺尾隆吉『ラテンアメリカ文学入門』は、日本に衝撃をもたらした文学世界が、いかにして生まれ、どのような軌跡で世界に流通していったかをたどる。それは「政治と文学の狭間で揺れた百年」(帯文)だった。前出の作家たちの活動と作品を紹介するのはもちろん、世代交代が進む現状も記す。

-----

岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』など

<サンデー毎日 2016年12月4日号より>

あわせて読みたい

注目の特集