夕日が差す閑静な住宅街で小学生たちが家路を急ぐ。ベルリン北東部ホーエンシェーンハウゼン。旧東独時代、ここには政府の情報機関・国家保安省(通称・シュタージ)が「反体制派」や西側への脱出希望者を収容し尋問した監獄が置かれた。一帯は当時、立ち入りが厳重に禁じられた区域だった。施設は今、シュタージによる監視国家の恐怖を伝える「シュタージ監獄記念館」になっている。
巨大な鉄格子の門をくぐると、目の前に赤れんがの建物が現れる。施設の歴史は第二次大戦直後、ソ連の情報機関が工場だった建物にナチ党関係者らを収容したことに始まる。1950年のシュタージ設立後は専用収容施設となり、200以上の監房と取調室を備える「新館」も増設された。
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