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もうひとつの動物園

守り・伝える/141 ライオン/3 /東京

 1958年5月のオープン初日、地元の日野町(現日野市)の人口の8倍以上の来園があった多摩動物公園。中川志郎元園長は「その後のパンダやコアラの初公開もにぎわったが、当時の多摩に比べれば物の数ではない」と振り返っていた。

 ところが、開園2年目ごろから来園者が減り始める。5月開園で初年度84万人だった利用者が、2年後の60年度は71万人に減った。

 原因の一つは、新しい展示形態が理解されなかったことだ。戦後、動物を自然に近い環境で飼育し、生態を楽しむ方向性が世界的に強まった。多摩も、おりや柵を極力使わない広い場所で、国内の動物を中心にアジアなどの身近な動物を展示したところ、従来型のおりの中の動物を見慣れていた来園者から「遠くで見づらいし、地味な動物ばかり」という声が上がった。

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