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かるた遊びにつながる日本文化 「五七五七七」なのはなぜ?

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お正月の遊びの一つ、「かるた」。 正確に言えば、「小倉百人一首」です。 百人一首は、100人の歌を一首ずつ選んだものです。 歌とは和歌のこと。「五・七・五」の文字数の上の句と「七・七」の下の句からなる形式で、心情や風景などを詠んだものです。 「小倉百人一首」は、鎌倉時代の和歌の専門家・藤原定家が選んだもの。親類に頼まれて京都の小倉山荘にあるふすまの色紙100枚に歌を書いたことから、そう呼ばれるようになりました。 詠み人100人のうち、男性79人(坊主13人)、女性は21人です。
特に有名な2首を紹介しましょう。 わたの原 こぎ出でて見れば ひさかたの 雲居にまがふ 沖つ白波 (法性寺入道前関白太政大臣) ちはやぶる 神代も聞かず 龍田川 からくれなゐに 水くくるとは (在原業平朝臣) 「わたの原」の歌は、2番目の句で区切る方が分かりやすいですね。 このような歌は「五七調」といって万葉集に多く、素朴でのびやかな気分を表しています。 しかし、なぜ5と7なのでしょうか? 俳句は五・七・五ですね。 日本語は「2音節語」「1音の助詞」を多く含んでいます。 「そら/の/ほし」のように、「2・1・2」で5音。 更に2音節語に掛かると7音になるため、耳にした時の響きがいいのです。 また、3句目で区切るのが「七五調」です。 優美な雰囲気になります。 ちなみに、ピコ太郎さんの「ペンパイナッポー アッポーペン(PPAP)」も7と5です。
短歌の文化は古く、奈良時代には歌を披露し合う「歌会」がありました。 今も毎年1月中旬、「歌会始(うたかいはじめ)」という皇室行事があります。皇族や公募で選ばれた人がその年のお題で詠んだ歌を披露し合います。 一方、百人一首は歌集となって広まり、江戸時代になると二枚貝の一方に上の句、他方に下の句を書いて合わせる遊びとなりました。 16世紀にポルトガルから歌がるたが伝わると、その影響で、長方形の厚紙を用いるようになりました。それがやがて正月の遊びとなり、明治時代には「競技かるた」が行われるようになりました。 競技ですから、ルールがあります。
競技かるたは、読まれた歌の下の句の札をどちらが先に取るかを競う個人戦です。 読まれるのは100枚ですが持ち札は各自25枚。 並べ方は自由で15分間で札の位置を覚えます。 使えるのは利き手のみで、先に札がなくなった方が勝ちとなります。 敵陣の札を取った時は自陣の札から1枚相手に送ります。 直接触らずに払った場合でも、該当の札が競技線から完全に出れば有効です。 100首覚えるには「坊主めくり」から始めると良いでしょう。 裏返した札を1枚ずつめくり、坊主の札は手放し、姫の札なら手放された札をもらうというものです。 アンジェリカはどうやら、競技かるたに魅力を感じたみたいですね。 はしゃぐアンジェリカとおなかの子を心配するケビンも大変そうです。

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