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支える・2020東京パラリンピックへ

/1 ともに夢を追って あの感動、もう一度(その1) /千葉

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2000年シドニー・パラリンピック男子マラソン全盲の部で6位でフィニッシュし、柳川春己選手(左)と抱き合う伴走者の安田享平さん=石井諭撮影
2000年シドニー・パラリンピック男子マラソン全盲の部で6位でフィニッシュし、柳川春己選手(左)と抱き合う伴走者の安田享平さん=石井諭撮影

 さまざまなハンディキャップを持つアスリートたちの勝利を目指す姿に興奮し、泣いた。日本が24個のメダルを獲得したリオデジャネイロ・パラリンピックから、3年後に迫った東京パラリンピックへ。選手を支え、ともに夢に向かって走る人たちを追った。

 ◆盲人マラソン

今度は教え子に「金」を 日本代表コーチ・安田享平さん(49)

 競技場に戻るとゴールが見えた。「もう大丈夫」。声をかけると、40歳の柳川春己選手はロープを握っていない左手を挙げて歓声に応えた。1996年8月、アトランタ・パラリンピック男子マラソン全盲の部で日本人初の金メダル。記録は2時間50分56秒。力を出し切りよろめく柳川選手を当時29歳だった伴走者、安田享平さん(49)が笑顔で抱きかかえた。

 中学3年で駅伝大会にかり出されて走り始め、県立袖ケ浦高から新日鉄(現新日鉄住金)君津製鉄所へ。3交代勤務の傍ら、市民ランナーとしてレースを重ねた。入社6年目の1991年、県内の大会で初マラソン初優勝を果たして陸上に専念できる環境が与えられ、マラソンで自己最高の2時間17分32秒をマークした。

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