メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

今週の本棚

磯田道史・評 『江戸の乳と子ども-いのちをつなぐ』=沢山美果子・著

 (吉川弘文館・1836円)

 中根東里(なかねとうり)という陽明学者の評伝を書いたことがある。そのとき「貰(もら)い乳」の深刻さを知った。江戸期は母子ともに死亡率が高い。母が産後に死ぬと、乳児は「乳」という命綱を絶たれて、すぐさま死に瀕(ひん)する。貧しい家では「貰い乳」といって、父が泣く子を抱いて近隣の女から乳を貰って歩く(『無私の日本人』文春文庫)。前近代社会で、人間が生命を連続させることの困難さは想像を絶する。本書は副題に「いのちをつなぐ」とあるように、人間の生命をつなぐ「乳」の歴史である。日本政治史・外交史は昔からあったが、これまで「日本授乳史」はなかった。歴史は人間の営みの連続で、前近代には、女が子に乳を授けることでしか、人間は連続できなかった。そうならば、人間生命体の連鎖を可能にした授乳についての歴史叙述は不可欠である。それが、とうとう出た。

 この本には、江戸時代の「乳」をめぐる事情が満載されている。終戦直後まで、その風景は残っていたが、江戸社会では授乳は隠されていなかった。オープンな空間で乳房を人前にさらし、「世間」のなかで授乳はなされた。日本画の雨宿り図には衆人環視のもとで授乳する女が描かれる。それが大正期になると授乳は、母対子の閉鎖空間での営みになる。乳房を子の命綱とみる意識は江戸期の「飢饉(ききん)図」に餓死した母の乳房にすが…

この記事は有料記事です。

残り894文字(全文1476文字)

おすすめ記事
広告
毎日新聞のアカウント
ピックアップ
話題の記事

アクセスランキング

毎時01分更新

  1. 「幻のヘビ」シロマダラ、民家で鉢の下から見つかる 千葉・柏

  2. グミ状の合成麻薬MDMA密輸した疑い 英国人容疑者逮捕 埼玉県警

  3. 鳥取県教委、部活遠征で教員83人処分 生徒をマイカーに 実態に合わずの声も

  4. 注目裁判・話題の会見 「なぜカネを受け取ったのか」 河井案里議員公判で地方議員らが語ったことは

  5. 菅首相「鉛」でいい 金メッキははげる

編集部のオススメ記事

のマークについて

今週のおすすめ
毎日新聞社は、東京2020大会のオフィシャルパートナーです