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岡崎 武志・評『ダウン・ザ・ハイウェイ ボブ・ディランの生涯』『マラス』ほか

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今週の新刊

◆『ダウン・ザ・ハイウェイ ボブ・ディランの生涯』ハワード・スーンズ/著(河出書房新社/税抜き3700円)

 昨年のノーベル文学賞受賞を皮切りに、ボブ・ディランに関する著作やCDの発売が相次いでいる。「決定版評伝!」と銘打たれた本書は、2002年の訳出刊行本を再刊した新装版。

 ハワード・スーンズ(菅野ヘッケル訳)『ダウン・ザ・ハイウェイ ボブ・ディランの生涯』は、250人以上の関係者へのインタビューを試み、徹底した調査の上に成り立っている。何しろ11歳の時のガールフレンドにまで、証言を取っているのだ。

 その生誕から2000年のコンサートツアーへ、私生活や恋愛まで、刻々と変化しつつ、独自の世界を築き上げるディラン。ヒットシングルは少なく、その名声は商業的成功による、とは言いがたい。ほかの誰でもない、屹立(きつりつ)した存在が多大な影響を及ぼした。

 「ボブはきっと、できるかぎりやりつづける。彼は自分がやるべきことをしているだけ」と、恋人の一人が言った。ノーベル文学賞も一通過点にすぎない。

◆『マラス』工藤律子・著(集英社/税抜き1800円)

 工藤律子『マラス』は、2016年の開高健ノンフィクション賞受賞作。タイトルは、中米ホンジュラスを支配する、凶悪な若者ギャング団のこと。著者は危険を背に現地へ何度も赴き取材、その実態を伝える。

 殺人事件発生率世界一のホンジュラスは、小国ながら若者ギャング団が横行していた。極貧、家庭崩壊、失業、差別を背景に犯罪行為をくり返す。その支配から逃れるため、多くの子どもたちが北米へ逃避の旅に出るという。

 しかし、ギャングの更生に手を貸すNGO活動をする女性や、もと極悪の大物ギャングだった男が、獄中で悔い改め、囚人たちに説教する牧師補佐となった例もある。泥の中にも花は咲く。著者はそこに救いを見いだす。

 「マラスの素顔を知りたい」と始めた取材は、生きる自由、家族やアイデンティティーなどを問うことになる。それは、他人事(ひとごと)ではない。「いじめ」がはびこる日本の現状をも、そこから照射するのだ。

◆『路上のジャズ』中上健次・著(中公文庫/税抜き900円)

 1960年代の新宿、ジャズ喫茶。そこに北野武、永山則夫、そして中上健次がいた。『破壊せよ、とアイラーは言った』という著作を持つ中上の、ジャズに関するエッセー、詩、小説を一冊にまとめたのが『路上のジャズ』。18歳で上京し、いきなりジャズ喫茶に身を沈め、やみつきになった日々。「シャワーとしてジャズを浴びながら、そのとき、自分のものの考え方が壊れていくというのがとても嬉しかった」と、小野好恵のインタビューで語る。中公文庫オリジナルの好企画。

◆『竹久夢二詩画集』石川桂子・編(岩波文庫/税抜き1200円)

 大正ロマンのセンチメンタルな叙情の空気を象徴するのが、竹久夢二の美人画。彼はまた詩人でもあった。「まてどくらせどこぬひとを/宵待草のやるせなさ/こよひは月もでぬさうな」(宵待草)は、一世を風靡(ふうび)する。石川桂子編『竹久夢二詩画集』は、夢二の世界を、詩と絵の両面から浮き彫りにする。「若く愚(おろ)かに/あとなき夢を追ひてさまよへる/東京の夜こそ悲し」(恋慕夜曲)と、いずれも朗唱性に富み、甘く切ない夢見心地の世界を描いた。巻末に略年譜を付す。

◆『予言者 梅棹忠夫』東谷暁・著(文春新書/税抜き940円)

 2010年に死去した梅棹(うめさお)忠夫といえば、生態、民族、情報、未来など幅広い分野で活躍した行動する学者。1970年大阪万博成功の立役者の一人、国立民族学博物館設立の功労者でもあった。しかし東谷暁(ひがしたにさとし)は『予言者 梅棹忠夫』という視点から、この知の巨人を再評価する。高度成長、ソ連崩壊、情報化社会の到来、グローバリズム、専業主婦の減少等々を、みな20年も前に予言した。彼は生態学に基づく文明論を展開、論争を巻き起こした。混迷の時代の今、その文明論は傾聴に値する。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』など

<サンデー毎日 2017年1月29日号より>

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