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Listening

<論点>給付型奨学金を考える

 どんなに貧しい家庭で育っても、夢をかなえられる--。安倍晋三首相が国会の施政方針演説でこう強調した給付型の学生向け奨学金がスタートする。返済がいらない公的奨学金は日本では初めてだが、対象となる学生は限定される。給付型はどこに向かい、卒業後に多額の借金を背負う主流の貸与型はどうなるのか。公的奨学金の現状と課題を探り、民間奨学金の新しい息吹も紹介する。

    将来のため合意形成を 遠藤勝裕・日本学生支援機構理事長

    遠藤勝裕氏

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     経済的事由で教育の機会を失することがあってはならない--。学生をサポートする奨学金の理念は、前身の日本育英会から日本学生支援機構へと連綿と引き継がれている。教育の機会均等を定めた憲法、それに基づく教育基本法によるものだ。機構の奨学金は卒業後に返す必要がある無利子と有利子の貸与型で、専修学校生らも含む学生2・6人に1人が借りている。貸与型は国の奨学金事業が始まった1943(昭和18)年当初から一貫してきた。今回給付型の仕組みが日本で初めてできることは事務方としても画期的なことだと思う。何より貧しい家庭の子の進学の道がさらに広がる。スタート時は給付規模が小さいという批判もあるだろうが、国民の合意により日本の将来のためにどうしたらいいか今後考えていけばいい。

     日本では専修学校など含め高卒生の8割が進学するが、高卒後に働く子もいる。このため、奨学金をすべて給付型とし、増税や一般財源でまかなうことにすべての国民の理解が得にくい。一方で家計が貧しくても勉学に熱心な子の進学をしっかりサポートしなければならない。そのために現行の貸与型の枠組みでも知恵を絞っている。その一つが有利子から無利子貸与への転換の流れだ。また、無利子貸与の成績基準は高いが、低所得の家庭はそれもなくす。卒業後の返還も柔軟になる。現在無利子貸与では年収300万円以下は返還が猶予されており、さらにマイナンバー制度で、所得に応じた柔軟な返還も可能となるだろう。

     戦後復興、高度成長で、家計を含めたストック(富の蓄積)は積み上がってきた。そして高等教育機関に子を進めたいという親の意欲、高い授業料を奨学金が支えてきた。国の財政は厳しく、奨学金がなければ私立大の経営も厳しくなる。大学の運営や学生の進学を支えてきた貸与型は、卒業生の返還金が次の世代の奨学金の原資となる。だから、奨学金を得ている学生は熱心に勉強する責任があり、後輩のために卒業後にしっかり返さなければならない。幸い日本の学生はまじめで、新規返還者の返還率が97・4%(2015年度)と高い。非正規雇用が増えたとはいえ、働く意欲がある新卒者の企業ニーズは高く、就職率もいい。

     ただ、もし雇用環境が大きく崩れたら、真っ先に返還金が落ち込むだろう。貸与と返還のバランスはいわば社会の指標で、炭鉱内で有毒な一酸化炭素を感知して鳴くカナリアのようなものだ。そうなってしまったら給付型を増やしたり返還の仕組みをいっそう弾力化したりする必要があるが、現状では絶妙なバランスを保っている。

     奨学金は100%給付型が理想だとは思う。もし、給付型財源として1兆円あったら半分を「育英」の文字通り、日本の将来を担う優秀な学者らを育てる仕組みに使い、半分を進学意欲がある家計が厳しい若者たちに向けたい。でも、財源の壁で現実はかなり難しいだろう。全額給付型の諸外国では消費税率がきわめて高いなど国民の合意とサポートが前提になる。日本でも将来、すべてを給付型にするなら国民の合意形成が必要不可欠だ。【聞き手・前田剛夫】

    未来担う人材投資の面も 坪内南 「教育支援グローバル基金」理事・事務局長

    坪内南氏

     東日本大震災を契機に、非営利の一般財団法人「教育支援グローバル基金」を創設して、被災地の子供たちの教育支援を続けてきた。活動の柱は二つ。一つは大学や短大、各種専修学校への進学を希望しながら経済的に困難な人への奨学金給付。返済不要型で、支給金額は多くの場合、年間120万円。5年間に岩手、宮城、福島の3県出身の延べ約100人に給付し、学費や生活費に充ててもらった。大半は震災で親を亡くしたり実家を失ったりしたようなケースだ。

     もう一つの柱は「ビヨンドトゥモロー」と名付けた人材育成プログラムだ。受給者にはこのプログラムへの参加を求めている。年4回程度の研修では、各界で活躍する人たちとの対話や海外派遣研修なども行っている。我々の基金の目的は単なる奨学金による教育費の支援だけでなく、共感力のある次世代の地球市民の輩出を目指すプログラムを併用しているところが最大の特徴だろう。

     新年度の募集からは対象を全国の一般学生へと広げた。震災から5年が過ぎ、被災地におけるニーズは震災の影響によるものだけではなくなり、また、これまでの経験から東北以外にも教育支援のニーズがあることを実感したためだ。2014年夏には広島で土砂災害が起き、昨年は熊本で大きな地震があった。自然災害に限らず、さまざまの家庭的な事情によって、希望する学校に行きたくても行けない子供が数多くいる。

     今春からは年間給付額を72万円に下げ、その分、多くの学生に振り分けるようにした。月6万円では決して十分な額とは呼べないかもしれないが、他の奨学金との併用やアルバイトなどの自助努力を行うモチベーションを促すのも必要という判断からだ。支給期限を1年としているのも、受給が当たり前にならないようにするため。毎年審査を繰り返すことによって本人の意欲と状況を再確認し、限られた資金を有効に活用する。実際は継続支給を受けている子が多い。第1期生の中には社会人となり、休日に人材育成プログラムの運営を手伝う者も出てきた。

     公的な奨学金制度がある中で、どうして民間の奨学金が必要なのか。募集や選考を経験してみて思うのは、公正さが必要な公的制度は保護者の死亡や被災証明などの基準や条件が明確で厳密だ。しかし、全員に同じルールを厳格に当てはめて支援の対象者を決定しようとすると、支援制度の網の目からこぼれおちてしまう弱者が出てくる。民間の場合は現実の状況に合わせて柔軟かつきめ細かくニーズに寄り添うことができる。公的と民間は補完的な関係であるのが理想だ。

     奨学金の拡充が検討されているが、弱者救済の目的に加えて国益のための人材投資の面も重要だろう。あと少しの支援があれば希望する都会の大学に進学できる可能性がある子も多い。私も高校と大学院は海外留学したが、奨学金がなければできなかった。日本の未来を作ってゆく厚みのある人材を後押しするための奨学金も必要だ。さまざまな状況の若者が活用できる複合的な奨学金制度があっていい。【聞き手・森忠彦、写真も】

    貸与型は役割を終えた 大内裕和・中京大教授

    大内裕和氏

     日本学生支援機構の奨学金は貸与型で、国際比較では教育ローンに分類される。低賃金の非正規雇用が増え、返済に苦しむ卒業生も多い。このため、奨学金問題対策全国会議を通じ、学生や返済者らの救済とともに、返済がいらない給付型の実現を訴えてきた。対象や総額は十分ではないが、給付型の導入は日本で初めてだ。取り組みの成果でもあり、社会的コンセンサスを得て「貸与型から給付型へ」の流れを加速させたい。

     学生の半数以上が機構などから貸与型の奨学金を借りている。でないと大学などに通えない。まず授業料が高い。国立大の授業料が年1万2000円だった1969年当時の感覚で「国立大は安い」と誤解している60歳以上の方がいる。だが現行は約54万円で、私学はさらに高い。一方で、高等教育への公財政支出の対国内総生産(GDP)比は先進国の中で最低だ。それでも90年代までは世帯収入が上がり続け、奨学金なしでも高い授業料や学生の生活費をまかなえる家庭が多かった。だがバブルが崩壊し年功序列型の賃金制度が崩れ、家庭に余裕がなくなった。高卒を採用し仕事を通じた訓練(OJT)で育てていく職場環境も徐々に失われ、就職するには奨学金を借りてでも大学に行かざるをえない。

     また、大卒後の雇用環境が厳しい。大卒者を含む労働市場の約4割、2000万人が非正規で働き、ほとんどが正社員に比べて賃金が安い。労働条件が悪い企業も多く、新卒者の3年以内の離職率も高い。それでも貸与型の奨学金の延滞率が下がっているのは回収機能、つまり取り立てを強化しているからだ。職場に督促の電話がかかってきたらきついし、返せない人まで無理して返している。その結果どうなるか。夫婦で計1000万円の奨学金の借金があり、それを20年かけて返済する。それを考えたら結婚や出産なんてできない。貸与型の奨学金が若者のライフスタイルに影響し、未婚化・少子化が進み人口減少をもたらすだろう。それで持続可能な社会ができるのか。親負担や私負担が前提の貸与型は限界で、もはや役割を終えた。それを社会が負担する給付型へと根本的に変える時期にきている。

     ただ、今回の政府案は給付先を貧しい家庭の子に限定し、成績などが考慮されるが、いまや中間層が解体し、返済に苦しんでいる。私負担を下げるためには、給付型を大きく増やすか授業料を下げるしかない。

     では財源はどうするか。給付型は貧しい家庭の子の支援が目的なので、消費税増税など大衆負担はなじまない。給与などに比べて税率の低い証券の配当所得などを多く得ている富裕層が負担するのが理にかなう。また300兆円以上の内部留保がある大企業などへの課税も検討し、財源を確保してはどうだろう。奨学金の充実など高等教育への投資は、将来の税収増とともに企業収益にもつながるからだ。イノベーション(技術革新)や新産業の創出で一番自由度が高いのは大学などの高等教育機関だ。税制改革をし、社会保障とともに、高等教育にも投資しなければ日本の将来はない。【聞き手・前田剛夫、写真も】


    2万人に2万~4万円

     日本学生支援機構(旧日本育英会)の給付型奨学金は、大学、専門学校などに進む学生に無償で支給される。対象は世帯所得、成績などで1学年約2万人に絞り、額は国公立・私立、下宿・自宅生の組み合わせで2万~4万円と幅がある。新年度から児童養護施設出身者らに先行支給し、2018年度から本格運用する。現行の貸与型の年間規模は1兆638億円で、132万人が借りた(15年度)。給付型本格実施後の国予算は200億円超を見込む。


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     ■人物略歴

    えんどう・かつひろ

     1945年生まれ。早稲田大政経学部卒後に日本銀行入行。阪神大震災(1995年)では神戸支店長として金融パニック解消の陣頭指揮を執る。2011年から現職。東京都教育委員も務める。


     ■人物略歴

    つぼうち・みなみ

     1977年生まれ。東京都出身。中学3年でカナダへ留学。慶応大卒。マサチューセッツ工科大学院修了。難民を助ける会カブール事務所、世界経済フォーラム勤務などを経て2011年から現職。


     ■人物略歴

    おおうち・ひろかず

     1967年生まれ。東京大大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。2013年から奨学金問題対策全国会議共同代表。著書に「ブラックバイトに騙されるな!」など。専門は教育社会学。

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