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今週の新刊
◆『屋根をかける人』門井慶喜・著(角川書店/税抜き1600円)
東京・御茶ノ水駅から明大通りを下る途中、山の上ホテル、お茶の水スクエアが見える。これら(後者については前身の建物)を設計したのがW・M・ヴォーリズ。
明治38年、日露戦争のさなかに、永住覚悟で琵琶湖東の近江八幡に来日した宣教師ヴォーリズだ。英語教師として勤め、布教活動をするが挫折。建築家、実業家の道を目指す。門井慶喜『屋根をかける人』は、知る人ぞ知る特異な人物を小説仕立てで紹介する。
日本人女性と結婚し、開戦前夜に日本名を得て帰化。NHK朝ドラ「あさが来た」のヒロイン・広岡浅子との親交など、たしかにその生涯は日米に「屋根をかける人」であった。敗戦後、国体保持をマッカーサーに進言し、昭和天皇とも謁見、重要な役目を果たした。
鬼畜米英の戦中を青い目で生きぬくなど、ヴォーリズは激動の時代を歩み、「一柳米来留(ひとつやなぎめれる)」という日本名で1964年に83歳で死去。近江八幡には彼が手がけた建築が多数残されている。
◆『低反発枕草子』平田俊子・著(幻戯書房/税抜き2400円)
『低反発枕草子』と、タイトルを見るだけでクスリ。平田俊子は、大学で教えながら東京で一人暮らしする詩人。その身辺で起きたささいなできごとをつづる。
宅配便を受け取ると、箱が少し濡れている。料理好きの母が娘を心配し、時々食べ物を送ってよこすのだが、汁ものが漏れる。たとえばフキの煮物。そこから祖父母の記憶を掘り起こした著者は、「フキを食べながら感傷的になる人はあまりいないと思うが、わたしの場合はそうである」と書く。
男子大学生にお銚子(ちょうし)を注がれるがこぼしてしまう。そうか、若者は銚子のやりとりなどしないか。「大人になると何でもできるかというとそんなことは」ないと、そこで著者は気づくのだ。
詩人の仕事は詩を書くこと。それは間違いない。しかし、みんなが見過ごす日常の断片を「ほら、ここにこんなことがありますよ」と示すのも、やはり詩人の仕事なのだ。達意の文章による本書はそのことを教えてくれる。
◆『ドラマ「鬼平犯科帳」ができるまで』春日太一・著(文春文庫/税抜き700円)
28年続いた人気長寿ドラマ「鬼平犯科帳」がついに終了。時代劇不振の中で、なぜこんなに長く人気を得たか。春日太一『ドラマ「鬼平犯科帳」ができるまで』はその秘密を解き明かす。番組に関わったプロデューサー、脚本、美術、殺陣師など制作スタッフへのインタビューが読ませる。それまでの「鬼平」が東京制作だったのを、吉右衛門「鬼平」は京都撮影所で作られ、一変する。池波正太郎の描く「水」の江戸が、自然景観を多く残す京都で、多彩な映像を生み出した。納得の「鬼平」本。
◆『贅沢貧乏のお洒落帖』森茉莉、早川茉莉・編(ちくま文庫/税抜き780円)
文豪・森鴎外の娘という肩書は不要。唯一無二の審美眼と文体を持つ森茉莉のファッション観について、全文業から洗い出し集めたのが早川茉莉編『贅沢貧乏のお洒落帖』。お人形のように飾り立てられた少女時代、1920年代に夫と渡仏し、ファッションの本場パリで、洋服、帽子、香水と洗礼を受ける日々。厚化粧は嫌い。「三十歳以上の女らしい美しさ」を指南する一文など、いかにも「贅沢貧乏」流である。また、テレビ好きとして、黒柳徹子、タモリのファッションにも言及する。
◆『方言萌え!?』田中ゆかり・著(岩波ジュニア新書/税抜き880円)
長らく、上京した地方出身者はお国言葉(方言)に劣等感を感じ、矯正が急務であった。ところが「カッコ悪い」方言を、わざわざ真似(まね)て使う現象が、東京の女子中高生の間で流行。いわば『方言萌え!?』について、日本語学者の田中ゆかりが考察する。関西人でもないのに「なんでやねん!」、あるいは「龍馬」かぶれで「行くぜよ」と、方言をコミュニケーションツールとして活用。著者はこれを「ヴァーチャル方言」と名付ける。「脱東京」を身近に実現した成功例としても注目だ。
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岡崎武志(おかざき・たけし)
1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』など
<サンデー毎日 2017年2月12日号より>