SUNDAY LIBRARY

岡崎 武志・評『別冊太陽 京都を知る100章』『大雪物語』ほか

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今週の新刊

◆『別冊太陽 京都を知る100章』別冊太陽編集部(平凡社/税抜き1400円)

 年間5000万人超えの観光客を呼び込むプレミア都市。『別冊太陽 京都を知る100章』を読めば、その秘密が分かるかも。若冲(じゃくちゅう)、舞妓(まいこ)、マンガ、建築、喫茶店など多角的に古都の魅力を伝える。

 定番の京都案内もちゃんとあれば、「ロック」の項では聖地「京大西部講堂」を取り上げ、ここが大学の自主運営であることを「特筆に値する」と称賛。全廃され消えた「市電」も、ちゃんと紹介するなど目配りが利いている。

 巻頭の井上章一・酒井順子対談では、東京人の酒井が、「外の者は貪欲(どんよく)なので、どんな細い路地でも入っていく」と発言。地元民の井上が、増え過ぎた観光客対策を本気で研究すべき、と苦言を。京都リピーターは「暮らすように過ごしたい」のだと、酒井が指摘する意味は大きい。

 千年かけて、日々そこに生き続けながらつくり上げた都市が京都なのだ。この一冊には、古都により深く踏み込み、敬意を失わぬためのヒントが詰まっている。

◆『大雪物語』藤田宜永・著(講談社/税抜き1450円)

 今世紀最強ともいわれる寒気が、東北や北海道に豪雪をもたらしている。大雪に閉じ込められた難儀は、いかばかりか。201×年2月、別荘地のN県K町を豪雪が襲う。藤田宜永(よしなが)『大雪物語』は、そんな状況下での家族や男女の6編のドラマを描く。

 「転落」は、ひったくりを繰り返し指名手配となった23歳男性が主人公。K町の別荘に逃げ込むが、食料も水も電気もなし。下の別荘で暮らす老婆に助けられ、そこで奇妙な生活が始まった。

 「雪男」は、K町の別荘で起きた一夜のできごと。両親が不在で、一人でいる女子高生17歳が、脱走した飼い犬を探しに雪の中を彷徨(ほうこう)。危うく遭難しかかった時、目の前に雪まみれの男が現れた。ひげ面の登山者は、テントを張り、彼女の失恋話を優しく聞いてくれるのだった。

 記録的な大雪がなければ、いずれも出会えなかった人たちと、思いがけず生まれた心の交流。雪を温かい心が解かすのだ。

◆『美は乱調にあり 伊藤野枝と大杉栄』瀬戸内寂聴・著(岩波現代文庫/税抜き980円)

 『美は乱調にあり 伊藤野枝と大杉栄』は、瀬戸内寂聴が剃髪(ていはつ)前、晴美時代に発表した代表作。関東大震災の渦中に甘粕大尉に虐殺された、天下のアナーキスト大杉。一緒に葬られた愛人・野枝の存在が広く知られたのが本書からだった。大杉は、別の愛人・神近市子に刺される(日蔭茶屋事件)など、革命も恋愛も命がけの男。野枝は師・辻潤との同棲生活を清算し、大杉の元へ走る。その間に生まれた長女・魔子が冒頭に登場、著者の取材に答えている。激しく熱い「生」の物語。

◆『ふたりの笑(ショウ)タイム』小林信彦、萩本欽一・著(集英社文庫/税抜き520円)

 テレビ全盛の1960年代、若き構成作家と若きコメディアンが出会った。以来、交流を続けた小林信彦と萩本欽一が、『ふたりの笑(ショウ)タイム』で、あの頃のこと、きら星のごとき喜劇人たちについてたっぷり語り合う。井原高忠に呼ばれ、「九ちゃん!」に参加した小林。その企画会議に飛び込んで来たのが萩本だった。皆を笑わせ去っていった後、「あの人は並のおかしさじゃないね」と小林たちは語り合ったという。森繁久彌、クレイジーキャッツ、渥美清たちの素顔も伝えられ貴重だ。

◆『それでもこの世は悪くなかった』佐藤愛子・著(文春新書/税抜き780円)

 今年93歳にして、世の中に怒り、なお溌剌(はつらつ)と仕事をこなす驚異の人が佐藤愛子。『それでもこの世は悪くなかった』は、来し方と今を語り下ろす異色の人生論だ。大流行作家・佐藤紅緑を父に持ち、「猫可愛がりに可愛がられた」少女が、最初の結婚相手は薬物中毒、再婚相手は多額の借金を作り、困窮極まった。「私の底力が出たのは、夫がモルヒネ中毒になってからです」と、力強いお言葉。この男運のなさが、佐藤の女運を育てたのかと思えてくる。すぐ読めて、すぐ元気になれる本。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』など

<サンデー毎日 2017年2月26日号より>

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