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岡崎 武志・評『小林カツ代伝』『失踪者』ほか

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今週の新刊

◆『私が死んでもレシピは残る 小林カツ代伝』中原一歩・著(文藝春秋/税抜き1500円)

 昨今、テレビや雑誌に料理研究家を名乗る女性たちが多数登場している。ついこの間まで主婦だったのに大活躍。そのモデルを作ったのがこの人だった。

 中原一歩(いっぽ)『小林カツ代伝』は、顔も名前も有名だったが、出自や生涯は知られていない故人を、丹念な調査で描き出す評伝。1937年大阪の商家に生まれ、少女時代は不登校の暗い少女だった。58年に東京の人と結婚するも、料理は下手だったなど意外な話が続く。

 大阪のテレビ出演を機に、主婦目線の料理研究家の道を歩む。独想的なレシピや「プロの料理がおいしいとは限らない」という言葉通り、自分の「舌」を信じ自由な発想で手間を省いた料理は、たちまち世に知られ引っ張りだこに。明るいユーモアも武器となった。

 「らくらくらっきょうづけ」「安心安全アリちゃん餃子(ギョーザ)」など、日々の生活の「出会い」から生まれたという。くも膜下出血の末、2014年死去と結末は寂しいが、あっぱれな人生だった。

◆『失踪者』シャルロッテ・リンク/著(創元推理文庫/上下各税抜き1260円)

 上下巻をそろえると高い買い物になるが、夢中になって読みたい方にはおすすめ。『失踪者』の著者シャルロッテ・リンク(浅井晶子訳)は、ベストセラーを連発するドイツの現代作家。

 ことの発端は5年前。結婚式出席のためジブラルタルへ向かうはずのエレインは、飛行機が霧で欠航したためヒースロー空港で足止めを食う。親切な弁護士男性の家に一泊するが、その後、姿を消す。容疑者となった弁護士は証拠不十分のまま、社会から抹殺される。

 そして5年。失踪した人を調査取材する仕事を得たジャーナリストのロザンナは、自分の結婚式に出席予定だったエレインの消息を追う。エレインには、彼女に依存していた車椅子の兄がいた。そんな時、エレインが生存しているとの知らせが……。駆けつけたロザンナを待つのは、意外な事実であった。

 失踪者の背後に浮かび上がる大きな謎。容疑をかけられた弁護士とヒロインのロマンスもあり、極上のサスペンスといえよう。

◆『フンボルトの冒険』アンドレア・ウルフ/著(NHK出版/税抜き2900円)

 大学や海流、イカにまでその名が冠せられた19世紀の大博物学者にして探検家がフンボルト。アンドレア・ウルフ(鍛原多惠子訳)による伝記『フンボルトの冒険』が出た。地理学の大著『コスモス』の著者としても知られる彼が踏破した地は、アンデス越えをはじめ、僻地(へきち)辺境に及び、植生や山肌の細部に至るまで観察、採集、研究に徹底した。そこから、今なら自明である自然と人間の関係、連鎖を見いだしたのである。環境破壊にも早くから言及した巨人の素顔と真実が、明らかになる。

◆『落語推理 迷宮亭』山前譲・著(光文社文庫/税抜き880円)

 ミステリー作家に落語好きが多いことは知られている。好きが高じて、落語をネタに多数の小説が書かれていた。山前譲編『落語推理 迷宮亭』は、新旧8人の作家が、筆で名人芸に挑戦した作品を集める。落ちぶれた芸人が、引退興行で試みた二人羽織で、最後に息絶えた。凶器のガラス細工の簪(かんざし)の行方は?(連城三紀彦「変調二人羽織」)。落語よろしく貧乏長屋の住人が花見に出かけたが、徳さんが毒殺された(我孫子武丸「貧乏花見殺人事件」)。趣向と遊びがたっぷりのアンソロジー。

◆『都政大改革』野田数・著(扶桑社新書/税抜き800円)

 豊洲移転問題、迫る東京五輪と都議ほか抵抗勢力など課題を背負い、連日奮闘する小池百合子東京都知事。その政務担当特別秘書及び小池政経塾の事務局長を務めるのが野田数(かずさ)。渦中で「チーム小池」の活動を見てきた目で、彼女が目指す『都政大改革』の全貌を伝える。291万票を得て当選した都知事選の戦いから振り返り、「東京都の闇」に斬り込む姿勢を舞台裏で追う。そして著者自身が体験した都議会の実態、「大改革」の具体的な中身などが、くわしく語られる。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 57年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』など

<サンデー毎日 2017年3月5日号より>

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