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歴史散歩・時の手枕

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角屋(京都市下京区) 激動の世「もてなし」で彩り

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揚屋建築で唯一残る「角屋」=京都市下京区で、八重樫裕一撮影
揚屋建築で唯一残る「角屋」=京都市下京区で、八重樫裕一撮影

 江戸時代、京都などで「揚屋(あげや)」と呼ばれる業が営まれた。今に例えると宴会業や料亭だという。今年は大政奉還から150年。激動の幕末に佐幕、勤王両派の会合の場にもなった揚屋が京都市下京区に残る「角屋(すみや)」だ。

 江戸時代の書物では、揚屋を「饗業(きょうぎょう)の店」と定義しているという。「饗」とは酒食でもてなすこと。置屋(おきや)から太夫や芸妓(げいぎ)に来てもらい、食事は自前で調理して、歌や踊りと酒食の宴席を提供した。京都の島原、大坂の新町で発展したが、角屋が唯一の遺構で国の重要文化財。JR丹波口駅東側に建つ外観は「豪商の館か」と思う。

 門を入ると柱に大きな傷。新選組の隊士がつけたという刀傷の跡だ。1866(慶応2)年の新選組の文書が角屋に残されている。未払い金を払った上で、以後隊士のつけは認めないとのお達し。つけを強要する隊士は届けるようにとも指示するほどで、公益財団法人・角屋保存会理事長で角屋15代目の中川清生さん(68)は「それだけ財政が苦しかったのでしょう」。

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