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音楽の窓から世の中を眺めて

ジャーナリスト、江川紹子さんの音楽コラム。クラシックナビ連載。

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音楽の窓から世の中を眺めて

なにが蝶々さんを追い詰めたのか

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写真提供=東京芸術劇場(C)Hikaru.☆
写真提供=東京芸術劇場(C)Hikaru.☆

江川紹子

 テノール歌手にとって(というより、オペラ歌手にとって、と言ってもいいかもしれないが)、「蝶々夫人」のピンカートンほど、割の合わない役はないのではないか。

 なにしろ役柄は、自分がまいた不幸の種を自身で刈り取ることもできない卑劣で無責任な究極のダメ男。非道さにおいては、「リゴレット」のマントヴァ公爵がはるかに上だが、こちらはドン・ジョバンニ並みの“確信犯”で、そのうえもろもろの非難を歯牙にもかけない、突き抜けた陽気さがある。一方のピンカートンは、悪役と呼べるほどの“キャラ立ち”もせず、肝心なところで「僕には耐えられない」とじめじめ泣きながら逃げ出すのは何とも情けない。

 演じる歌い手に表現力があればあるほど、この男のダメさ加減が際立つ。いくら大好きな歌手が熱唱しても、「今日のピンカートンはよかったわ~」と褒める気にはなれないのが正直なところだ。逆にイマイチの出来だった場合は、「なんで彼女はこんな男にほれたのか~」と、ますます腹が立つ。よくて褒められず、ダメでけなされる、というのはかなり報われない。

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