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東日本大震災6年:願い伝える 新しい風景

東日本大震災6年

願い伝える 新しい風景

 東日本大震災から6年近くを経て、岩手、宮城、福島の各県にはいくつもの新しい風景が出現している。それらは被災を契機として生じた光景ありながら、「震災の傷痕」ではない。防災強化と復興を目指す新たな街づくりからは、古里の未来に向けた願いが伝わってくる。

     

    JR常磐線竜田駅(福島県楢葉町)

     2014年6月の運転再開以降、福島第1原発の最寄り駅となっているJR常磐線竜田駅。構内も駅前もひっそりとした時間帯がほとんどのなか、朝夕だけは原発への通勤者たちで都市部の駅のようなラッシュとなる=福島県楢葉町で2月、宮武祐希撮影

     再開前の駅や線路には雑草が生い茂っていた=13年8月、本社機「希望」から久保玲撮影


    陸前高田のガソリンスタンド(岩手県陸前高田市)

     津波を受けながら今も現役で使われ続けるガソリンスタンドの看板。15年には津波の水位15.1メートルを示す表示が設置され、訪れる者に津波の脅威を視覚的に伝えている=岩手県陸前高田市で1月、北山夏帆撮影(右)震災翌日、一帯のほとんどの建造物が被害を受けたが、看板は倒れなかった=11年3月、本社機から貝塚太一撮影


    北泉海岸(福島県南相馬市)

     震災後、地元サーファーたちの意見を取り入れて上り下りや休憩、観戦に便利なよう階段状の堤防が整備された北泉海岸。16年には全国レベルの大会が開かれるなど、にぎわいを取り戻しつつある=福島県南相馬市で2月、宮武祐希撮影

     震災前は世界大会が開かれるほどの名所として大勢のサーファーが集まった=07年4月、塚本弘毅撮影


    千年希望の丘(宮城県岩沼市)

     沿岸部の防災公園化で13年から出現した「千年希望の丘」。震災廃棄物を利用した高さ約10メートルの人工の丘は、津波の威力低減と、避難先確保を目的としつつ、憩いの場としても定着している=宮城県岩沼市で2月、猪飼健史撮影

     後に公園となる一帯は広く浸水被害を受けた=11年4月、本社ヘリから長谷川直亮撮影


    JR常磐線(宮城県山元町)

     JR常磐線は、宮城県山元町と福島県新地町の県境を越える区間で、16年12月に運転を再開した。不通が5年以上に及ぶほど津波被害が大きかっただけに、路線の再整備では内陸部への移設と高架化が進められた=山元町で2月、猪飼健史撮影

     津波で折り曲げられた線路や車両=新地町で11年3月、神保圭作撮影


    福島県大熊町

     全域が避難指示区域で夜には真っ暗闇が広がる町内で、東京電力社員用の住宅地だけが光を放ち、送迎バスの光が尾を引く=福島県大熊町で2017年2月21日、宮武祐希撮影


    岩手県陸前高田市

     土地整備の工事が途絶えない市中心部で、土煙が夕日を浴びて輝く=岩手県陸前高田市で2017年1月18日、北山夏帆撮影


    津波避難タワー(仙台市宮城野区)

     仙台市沿岸部などで見られる津波避難タワー=同市宮城野区で2017年2月15日、猪飼健史撮影


    宮野森小学校(宮城県東松島市)

     木材がふんだんに使われて新築された宮野森小学校=宮城県東松島市で2017年2月17日、猪飼健史撮影