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岡崎 武志・評『108年の幸せな孤独』『デヴィッド・ボウイ』ほか

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今週の新刊

◆『108年の幸せな孤独』中野健太・著(角川書店/税抜き1700円)

 これは『108年の幸せな孤独』というタイトルがいい。「キューバ最後の日本人移民、島津三一郎」と副題を読むと、その興味は倍増する。

 著者の中野健太は、「ガイアの夜明け」などテレビドキュメンタリーを制作する人物。高校の時にキューバを訪れ、以来魅せられ続けた中野は、2007年に島津と出会う。100歳を目前にした日本人移民の存在に驚き、その足跡をたどる旅が始まった。

 「成功者となる夢を胸中に」、1928年横浜港から船でキューバへ。ごく平凡な一移民が、第二次大戦中は敵国人として収容され、戦後はキューバ革命に身を投じ、冷戦、国交回復と、激動の時代を生き抜くことに……。そこには私たちが知らない移民の姿がある。

 些少(さしょう)な年金で入居でき、保護してくれる老人ホームで「私はお金をもっていない。だから、長生きすることができたんです」という言葉に、老人に酷(むご)い日本の現実を、つい思い浮かべてしまう。

◆『デヴィッド・ボウイ』野中モモ生・著(ちくま新書/税抜き840円)

 2016年、新作アルバムを発表したわずか2日後、ロックのカリスマが逝去した。名は『デヴィッド・ボウイ』。その長き活躍は多岐にわたり、存在を変幻させたことで世界に多大な影響を及ぼした。

 野中モモは、彼の生涯と活動をつぶさに通覧し、その「変幻」の意味を読み解いていく。1947年ロンドン南部生まれの少年が、「ボウイ」の名を選び、最初は異星人キャラで旋風を起こす。「音」と「ヴィジョン」の異端と象徴性は、日本の少女マンガでも大島弓子などからオマージュが捧(ささ)げられている、とは言われて気が付いた。

 大島渚監督「戦場のメリークリスマス」への出演を「こんな機会は一生に一度だと喜んで承諾した」など、音楽に留(とど)まらず、他ジャンルで見せた才能の「変幻」も、本書で知ることができる。

 「いつ、どこから、どんなふうに、誰が見るかによって、彼の姿は変わる」と著者は言う。これから「ボウイ」に出会う人にとって、これは最良の手引書だ。

◆『ギリシア人の物語2 民主政の成熟と崩壊』塩野七生・著(新潮社/税抜き3000円)

 塩野七生は帝政ローマの興亡を延々と執筆し、2015年からは新シリーズ全3巻に着手。本書『ギリシア人の物語2 民主政の成熟と崩壊』が上梓(じょうし)された。紀元前429年から404年を前期、後期に分けて扱う本作では、アテネはペルシアを破り黄金時代を迎えていた。若き主権者ペリクレスは、国家をさらに強大化させたが、その死後25年にして、アテネは衰退し始めていた。「アテネ人は、自分たち自身に敗れたのである」と著者は言う。崩壊に向かう民主政の光と影を描く大作。

◆『メーゾン・ベルビウの猫』椿實・著(幻戯書房/税抜き4500円)

 2002年に没した異端、幻想、エロスの作家が椿實(つばきみのる)。東京大学在学中に吉行淳之介や中井英夫と文学活動を始める。立風書房から『椿實全作品』が出たが、多くは入手困難、古書価も高かった。『メーゾン・ベルビウの猫』は、没後15年を記し、『全作品』以降の未収録、未発表作品などを増補した。表題作には吉行や中井も実名で登場。「青空を無数の金魚がおよいでゆくやうな気分になる」短編「金魚風美人」ほかを収録。知られざる作家の真価を問う。初版1000部はナンバー入り。

◆『モナ・リザの背中』吉田篤弘・著(中公文庫/税抜き740円)

 不思議という名の物語を紡ぎ続ける吉田篤弘。『モナ・リザの背中』では、絵の中にさまよい歩く50男が主人公だ。大学で芸術を講義する曇天先生は、町歩きが趣味で、ある日、ダ・ヴィンチの「受胎告知」を拝みに上野の美術館を訪れる。絵の前に立ち、吸い込まれるように、その中に入り込んでしまった。画家の思惑とは別に、絵に描かれなかった部分までも、先生には見えてしまうのだった。ワイエスや風神雷神図、モナ・リザなどへの冒険が、絵との新しい付き合い方を教えてくれる。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』など

<サンデー毎日 2017年3月19日号増大号より>

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