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<そこが聞きたい>震災と臨床宗教師 東北大学大学院教授・鈴木岩弓氏

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みとりこそ宗教者の意義

 東日本大震災から6年。大地が激しく揺れたあの日の記憶は被災地では今も生々しい。一方で6年の時間がたつ中で、震災の経験から育った社会の知恵もある。「臨床宗教師」と呼ばれる存在もその一つだろう。臨床宗教師養成に取り組んできた東北大学大学院文学研究科の鈴木岩弓教授(65)は「これからの超高齢多死社会=1=に欠かせない存在」と語る。【聞き手・森忠彦、写真も】

--震災直後の住民の精神的な不安は相当のものだったでしょうね。不思議な話もあったとか。

 大震災では、主に津波のために沿岸部で多くの死者が出ました。宮城県でも9500人以上が亡くなっています。例年の宮城県の死者は年間約2万人ですが、あの年は3万人超。つまり、震災さえなければ死ぬことのなかった「突然死」がそれほど大量に出たのです。私の知人にも家族を一度に失った人がいます。遺族の多くが身近な人の死を受け入れるのに時間がかかりました。「死んだ直後は涙さえ出なかった。2、3年たってようやく泣けるようになった」という話もよく聞きました。

 しばらくは、現地では不思議な話も出回りました。「車を運転中、人をひいてしまったが、降りても誰もいなかった。警察に電話したら『今夜あなたで5件目の通報です』と言われた」「深夜、遺体安置所の方からうめき声が聞こえる」。こんな「怪異譚(たん)」が続きました。私自身も石巻付近を深夜に走行中、カーナビに目的地とは違う沿岸部へと導かれた経験があります。あたりは真っ暗な闇。「誰が呼んでいるのか」と、ぞっとしたこともありました。科学的に説明のつく話ではないのですが、起こったことの原因をそう考える自分たちがいた。あれだけの大災害ですから、この世に未練を残していった人たちの霊が存在してもおかしくはない、と感じてしまう理解がわれわれの「文化」の中にあったのです。

--遺族の心のケアはどういう状況だったのですか?

 被災地では、震災直後からさまざまな宗教団体が物心両面からの支援を開始しており、斎場や遺体安置所に出向いてお弔いをするボランティア活動も各地で見られました。こうした活動は突然死に直面した人々にとって心の大きな支えになっていました。しかし、中にはこの機会に信者獲得を狙う布教をする人々もいて、避難所などに「宗教者お断り」の張り紙が出た所もありました。曹洞宗の檀家(だんか)が多い沿岸部に浄土真宗の僧侶が入る時、「ナンマンダブ」とお念仏を唱えなさいと言ってよいのか、といった疑問は、多くの宗教者の悩みだったのです。

 そうした問題解決のために大学の中に宗教宗派を超えて心のケアに当たる宗教者の養成を行う寄付講座開設を目指し、資金集めを行いました。その結果、世界宗教者平和会議(WCRP)などからの寄付が集まり、2012年度から東北大学大学院文学研究科内に「実践宗教学寄付講座」が設置されました。目的は自身が末期がんでいらした在宅ホスピス推進の医師、岡部健さん(12年没)が命名した「臨床宗教師」の養成です。これはキリスト教世界にある「チャプレン」=2=に相当する日本版の専門職です。

 3カ月に及ぶ研修はスピリチュアルケア、宗教間対話、人権擁護などの講義と、会話記録や傾聴などのグループワーク、そして実習からなります。中でも他者の死を受け入れる「グリーフケア(悲嘆へのケア)」や自己の死を見つめる「ターミナルケア」は重要です。参加者の8割は仏教系宗教者で、修了した152人は日本各地で活躍しています。昨春からは東北大付属病院の緩和ケアでも働いています。龍谷大、鶴見大、上智大など、同様の講座を持つ大学も増え、今春には計9大学に。昨年2月には「日本臨床宗教師会」という全国組織も発足しました。

--日本で「チャプレン」的な存在が育たなかったのは?

 仏教界の伝統的な構造があると思います。江戸時代、徳川幕府は統治策の一つとして徹底した寺檀制度を取りました。国民は「家」を単位としてどこかの寺に檀家として属し、その寺は宗派の本山に属す。寺と檀家とは絶対的なつながりを持っていました。寺の住職は「ホーム」である自分の檀家の面倒さえみていればよかった。「アウェー」であるよその宗教宗派の信者に関わることはなかったし、関わろうともしてこなかった。だから宗派を超えたチャプレンのような存在が育ちにくかった。

 ところが、今回のような事態になると宗教宗派を超えたケアが必要になる。志を持って集まってきた宗教者でしたが、「自分の宗教のやり方でやっていいのか」と悩む人もいました。それだけ、日本の宗教はアウェーで活動することに慣れていなかったわけです。

--日本では厳然として宗教は存在しながらも、どこか「あやしい」ものと見られる面もありますね。

 存在感を失った理由はいくつかあります。戦中派に多いのが敗戦で神も仏も信じられなくなった例。戦後は政教分離が強まって宗教教育ができなくなった。文化としては教えても信仰の対象としては教えません。家の意識が薄れ、わが家の宗派を知らない若者もいる。さらにお金がらみの、犯罪的な布教をするところまで出ると、「宗教はあやしい」となる。きちんと理解されていないため、正当な判断ができていないのです。

 仏教の教えには臨終行儀、つまりターミナルケアの作法があるのですが、いつのまにか葬式仏教になって生きている人を相手にすることが抜けてしまった。もし病院に袈裟(けさ)姿の坊さんが行ったら「まだ早すぎる」と嫌がられます。本当なら死に直面した人や家族に寄り添い、「みとり」の意味を伝えるべきなのに、できていない。

 しかし、そこにこそ宗教者の存在意義があると思います。自分の信仰を持つ経験があるからこそ、死や死後世界の意味が伝えられる。今回の出来事は、仏教をはじめとした宗教の役割を見直すいい機会になります。これから日本は前例のない超高齢多死社会を迎えます。寿命が延びて「死」と向き合う時間も長くなる。誰にも必ずやってくる「死」を忌み嫌うのではなく、安心してその時を迎えることができる社会にしたいですね。

聞いて一言

 鈴木さんは3月で定年退職され、18日には最終講義「学問救世 宗教民俗学と臨床宗教師」がある。「学問救世」とは「遠野物語」で知られる民俗学者、柳田国男が唱えた言葉で、「学問は世の中の役に立つべきだ」という意味。大震災という不幸な出来事ではあったが、そこから生まれた臨床宗教師の存在が日本の宗教を再生し、多死時代で新たな役割を与えるものになるとすれば、まさに宗教学が「救世」することになる。講義(午後2時~3時半、大学文系総合講義棟で)は誰でも聴講可能。


 ■ことば

1 超高齢多死社会

 日本の平均寿命は、男性が80.75歳。女性が86.99歳。いずれも世界最高水準にある。一方で多死化も迎えており、昨年の死者は約130万人で史上最多。今後、団塊世代が死期を迎える2040年ごろまでは増え続けるとみられる。都市部では遺体の火葬の順番待ちが続き、「家」の崩壊により、葬儀を行わない直葬も増えている。

2 チャプレン

 キリスト教世界では、特定の宗派の布教とは関係なく、公共空間で心のケアを行うことができる宗教者として「チャプレン」と呼ばれる人たちがいる。宗教団体だけでなく、多くの大学などにも専門課程があり、一つの職業として確立している。


 ■人物略歴

すずき・いわゆみ

 1951年生まれ。東京都出身。東北大学卒、同大学院修了。専門は宗教民俗学・死生学。島根大学助教授を経て93年から東北大学助教授、97年から現職。民間信仰の側面から日本人の信仰構造の形成などをフィールドワークで研究する。4月以降は同大総長特命教授に。

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